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2021年5月29日土曜日   AM8時41分投稿 

旧き良き時代

昔を懐かしめる本を買いました

 図書館で『団塊なつかし雑学百科』という本を借りてきたペーパーブックスタイルだが300頁を越える分厚い冊子。読み始めたら懐かしさがこみ上げ、その頃の自分を思い出させる。昭和20年から50年にかけて世相を中心にもの・事件・流行・景気・価格などを細かく記載してある。2週間で返すのももったいないので、Amazon書店で送料込みで550円の中古本の購入手続きをした。アマゾンは中古本は安いが、この本正価は1429円+税だが、新本で購入すると4558円もするのには吃驚した。昭和22年から24年産まれの団塊者たちは700万人もおり、昔のことは「アレのアレはアレだったなぁ」くらいにしか覚えていないが、頭の中ではその風景がはっきり浮かんでおり、この本を観ると「確かに」と納得させられ、さらに空想が広がって楽しい。誕生日年表をみると、漫画家本宮ひろしさんはdachs飼主より4日後に産まれたそうだ。

2021年4月18日日曜日   PM3時23分投稿 

小学校生活も変化

 広報誌を読んでいたら、今春から公立の小中学校では全児童生徒にパソコンが行き渡り、IT教育が進んできたと書いてあった。dachs飼主が小学生の頃はコンピューターってなものは知らなかったし、つい25年ほど前のノートパソコンは30万円近くしていたのが生徒諸君にも行き渡るというのは夢のような話である。現役時代、仕事がら企業のお客様とITシステムの話を進めようとしても、まずは経理人事からで一部の社員の机上にしかコンピューターはなく、日進月歩のIT進化によって、バージョンアップやセキュリティの観点から事務機械化は何年計画という方針のもとに進んでいた。
 小学校と言えば、個人情報保護や民族やジェンダーフリーのため、名札は登下校時には外す、顔写真は発行物に載せない、絵の具の肌色表記は無くし、あだ名は禁止、名前も男女順ではなく混合順となっているらしい。衛生面からは手洗い所のネット石鹸はハンドソープに替わっている。ごみ分別により焼却炉が廃止された。そのほかには年間3学期制から2学期制に、不登校生を慮り皆勤賞を無くす、女子生徒のブルーマーはなくなり、ハーフパンツになった、防犯ブザーは必携、座高測定が無くなったなどなど・・・隔世の感がある。

2021年2月21日日曜日   PM6時49分投稿 

運転免許証

 dachs飼主のツレアイはこの街に住み始めてから運転免許証を取得した。40歳を前にしてでも、わが街では当時、バスも交通機関も発達していなかったので、無理をしてでも取りにいかねば生活に不自由をきたす。そういうdachs飼主も運転免許は大学在学中に取ったが、わが街に引っ越すまではペーパードライバーであった。なぜ取ったかというと、就職に有利に働くだろうということ、あると写真付きなので身分証明になるという2点のみで難しい交通ルールを覚え、自動車学校で当時10万円近くかかったのではないだろうか。この街に引っ越すまでは横浜、川崎、東京都内を何度か引っ越したが、車運転の必要性を全く感じなかった。
 ところが、わが街は人口が2万余人のラーバンな街(行政区分でも市ではなく町)だったので引っ越した。ラーバンとは田舎(ルーラル)と都市(アーバン)の合成語でツレアイがこの街が良いと主張された。会社まで1時間乗換2回で電車に揺られるが、小学生の息子と娘を抱える我が家では空気も綺麗だし、野菜も新鮮で良いなどと言われ、この地に決めた。しかしながら、ショッピングなどでは公共交通機関が不便で、どうしても必要なものは遠くまで買いに行かねばならない。dachs飼主は自転車にも乗れなかったが、まず自転車に乗るようになり、次には50㏄の2輪車も買った。その次には中古のコンパクトカーを買ってカー生活を始めた。最初はペーパードライバーでドキドキしたが、始めたころは駅前には駐め放題の無料駐車場があり、信号も自宅から駅まで3個しかなかった過疎状態だったので運転技術の習得にまでにはそれほど時間がかからなかった。自転車やバイクに乗っているときは大きなトラックが脇から追い越してくると、車体が揺れるほどでとっても怖かったがそれも解消できた。

2020年10月19日月曜日   PM5時56分投稿 

西鹿児島駅

 午前中は曇りで、平日テニスも9時から11時まで問題なくできたが、ミスショットが多く、出来は散々であった。どこが悪かったか反省しようにも、いろんなところでボールを拾いに行けず、惨敗。テニスレッスンわ受けている生徒の悪い癖だが、打った方向にリターンを素直に返してしまうのでそれが、相手方にネット際に落とされたり、ロブであげられたりする原因だ。ショットされた方向に素直に返さず、打つ方向を適宜変えていくのが、プレヤーの鉄則だというのをときどき忘れてしまう。
 学生時代、鹿児島に行ったことが数度ある。鹿児島中央駅でなく、西鹿児島駅地と言った頃に、行く度にチャーシューと豚骨が旨かった思い出のあるおばあちゃんがやってる駅左側にあったと思う汚い店に寄って、美味しく戴いた。昨日テレビで駅前にあった「のぼるラーメン」がレクストンホテルで再現されているというのをみたが、昔の鹿児島ラーメンを行って味わいたくなった。

2019年5月27日月曜日 晴のち曇  PM7時20分投稿 

あーるわん

 明日までは記録的な猛暑30℃以上が続くとのこと。明日夜からの雨降りで一旦は落ち着くらしい。9時からのテニスもゲームは和やかに進めたが、酷暑で辛かった。dachs飼主は伊豆のサマーオレンジゼリーを持参したが、ほかのご夫婦は台湾旅行に行ってたらしく、パイナップルケーキを頂いた。
 今年は平成31年から始まり今月からは令和元年となる。略称ではH31からR1に替わるのだろうか? R1はヨーグルトのような略称で軽すぎる感じがする。
 dachs飼主はこれで3元号を経験することになるが、30年続いた平成は日本怠惰期(?)であり、なんといっても40年以上を経験できた昭和が平成より思い出も多く素晴らしかった思いが強い。ふと朝のテニスの待ち時間に昭和の記憶を独りで思い出してみた。
◎歌謡曲艶歌・浪曲
◎ララミー牧場・ベンケーシー・赤穂浪士・片岡千恵蔵・ひょっこりひょうたん島・てなもんや三度笠・アップダウンクイズ・ALWAYS 三丁目の夕日・・
◎粉末ジュース・赤とんぼ・めだか・先生の体罰・ブルーマー・シミーズ・ズロース
◎まくり・BCG・
◎テレカ・電話ボックスの中にアダルト系のチラシ多数・蠅取りリボン・老女の立ちションベン
◎現金で貰った給料袋・ハンドン後の麻雀

2018年7月2日月曜日 晴のち曇  PM10時00分投稿 

懐かしの品々

 今日も抜けるような青空。エアコンが効いた院内もブラインドのあたりに立てば、ほんのりと暖かい(贅沢な気持ちだ)。仲間たちともう蝉が鳴き出してるだろうなぁ、聴きたいなぁとも話した。

難しい本で半分読み飛ばしたが中学時代によく読んだ

  暇なので、入院中に昔懐かしの職業を話していたのを思い出し、午後、水を飲みながら、仲間と昔懐かしいものについて2時間ばかり盛り上がった。アトランダムで系統だっていないが以下のような話題がでた。(いま思い出してるものだけ羅列)
◎「電話の呼び出し」「銭湯」「ちゃぶ台」「お櫃」「シェパード・ブルドッグ・スピッツ」
◎「番傘」「さいころキャラメル」「石炭ストーブ」「豆炭練炭」「ハクキン懐炉」「蚊取線香」
◎「真鍮弁当箱水筒」「オート三輪」「線香花火」「蚊帳」「玉暖簾」「ソノシート」「竹ひご」
◎修学旅行「絵葉書」「ペナント」「提灯」 「肥後守」「ボンナイフ」「像が踏んでもの筆箱」
◎「ローラー式洗濯機」「蠅取り紙」「女子専用脱脂綿」「一銭定食」「シミーズ」「赤チン」
◎包装「新聞」「竹の皮」 「水飲み鳥」「粉末ジュースの素」「みかん水」「駅の伝言板」
◎「東京ボンバーズ」「スクラップブック」「グリコおまけ」「ろばのパン屋」「鯨竜田揚げ」
◎「洗濯板と盥」「脱脂粉乳」「パックマン」「ろう石」「ホッピング」「マブチモーター」
◎「リーダーズダイジェスト」などなど

2018年5月22日火曜日 晴のち曇  PM9時39分投稿 

昔懐かしの職業

 昨日、高齢者といろいろ話した中身の続き。
若いころ居た(あった)けれど今は無くなったことや職業などについて酒も飲まずに昼間っから語り合った。(順不同の走り書きメモ)
◎エレベーターガール 大丸で素敵な帽子とウェアに心ときめいた
◎エスカレーターガールもいた(登りしかない時代、手すりベルトに布を当てていた)
◎和文タイピスト、電話交換手、自転車で出前持ち、小学校前の怪しげなおもちゃ奇術売り
◎ポン菓子屋、風鈴売り、竿竹屋、行商人、赤帽、鋳掛屋、傘修理、貸本屋、飴細工屋
◎ワープロ・表計算 ジャストシステム一太郎・ロータス123
◎街頭テレビ・傷痍軍人・虚無僧、トロリーバス、靴磨き、チンドン屋、サンドウィッチマン
◎氷屋、紙芝居屋、金魚売り、銭湯の三助、豆腐屋、ロバのパン屋、御用聞き、付添婦
◎信号役をしていた巡査・駅改札の切符切り、踏切番、駅弁売り、かつぎ屋、灯台守
◎喫茶店などで貰うマッチ、切手収集、糞尿(おわい・肥料)屋、汲み取り屋、煙突掃除屋
◎ペンフレンド、夜霧のハウスマヌカン、鍛冶屋、バスガール、路線バスの車掌
◎押売り屋(訪問販売)、富山の薬売り、押し屋、鉄釘拾い(子供の仕事)
◎ヤミ米屋 、ちり紙交換、手荷物預かり所

[tip]生き方に迷った時に君子喩於義、小人喩於利、
 『君子は義に喩(さと)り、小人(しょうじん)は利に喩る』
 自分がどれだけ得をするか、いくらもらえるかを気にするのは仕方がないこと。だからと言って、お金ばかり気にするのもつまらない。それよりも、自分のために、人のためにどうすればまっすぐに誠実に生きてゆけるかを考えるほうが良い。そうすると大きな視野をもつことができる。[/tip]

2017年4月18日火曜日 曇り  PM5時12分投稿 

昭和40年代前後

 今日からジムもテニスも検査入院終了の日(5月7日)まで約3週間、休止と決めた。午前中は雨風が強くて外に出る気もなかったので、ノートパソコンでデータベースの整理などをしていた。午後は風が強かったが近所の図書館まで歩いて行き、先週土曜日に予約した奥田英明の「オリンピックの身代金」を借り受けに行った。まだ1割強しか呼んでいないが、出稼ぎ労働者の実態や昭和40年代前後の田舎とオリンピックに湧く東京が描かれており、読み続ける興味を惹いた。東京は昭和50年代以降しか知らないが、東北など田舎の暮らしは兵庫県明石市のそれと大きく変わらないので興味深く読んでいる。「草加次郎」という爆弾魔がいたこともこの本を読んで思いだした。

今は補欠のBIOSで起動している状況

 普段はノートPCを膝の上に載せてテレビなどを見ながらHP更新やブログ操作をしているのだが、複雑な画像操作や高性能な処理能力を要求される際には、自作デスクトップを使って行っている。ところが、先日写真のようなエラーが出て一次BIOSが壊れてしまったようだ。幸いDUALBIOSなので、一方が壊れてももう一方が代替業務を行い、Windowsを立ち上げて呉れるのだが、一つ困ることがある。2次BIOSが立ち上がるまで10秒近く時間がかかるので、電源ボタンを押してもしばらく待たないといけないし、待っても点くかどうかわからないのでちょっとイライラする。このマシンは2009年5月に部品を購入し、組み立てて、2012年暮れにCPU・GPUなども含め高速化してきた。まだ8年しか経ってないので、もう少し我慢しながら、ハードのご機嫌を伺いながら、使ってゆきたい。今度のリプレースは基盤・OSすべてリフレッシュし、空冷式から水冷式の冷却システムに変更したい。ノートPCは熱に強いが、デスクトップは意外に熱にもろい。

2016年5月7日土曜日 晴のち曇  PM9時31分投稿 

島影完成

小冊子だが、50年ぶりの復刊となる

 同人誌『島影』が我が家にも送られてきた。中学校以来の旧友4人で作った小冊子の第4号になる。第3号は大学時代に作っているのでほほ50年ぶりになるだろうか。懐かしかった。
 午後は、テニス用のパラソルをホームセンターに観に行った。直径2m、高さ2m程度がベストだが、価格は2000円前後。それにパラソルを立てかけるポールスタンドが1000円ほどで、予算は合計3000円とみている。ただ、風には弱いので、少し強めの風が吹くと危険なので使えない。ポールスタンドには水を入れたり、砂を入れたりして安定性を高める工夫をしているが、強風には抗えない。それにしても最近は風が強い日が強く、テニスも苦労するが、先日植えた夏野菜の苗も何度も倒れ掛けて、復帰するの繰り返し。

2015年8月6日木曜日 晴のち曇  PM9時18分投稿 

夏の涼

 都心では今日で連続6日間の猛暑日になり新記録だそうだ。熱帯夜も12日も続いているらしい。
 昨日の8月号に引き続き、9月号用に「夏の涼」と題した僕たちの昭和物語素案をつくってみた。これで2年半かけた昭和コラムも丁度25回目を迎えるので、一旦休止としたい。
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 近頃は野外よりも屋内で熱中症になる人が多いと言う。僕たちの若い頃はそんな言葉もなくて、30℃にもなると「日射病になるから家に居なさい」とよく昼寝をさせられた。あの頃祖父母などが「今年は一番暑い」と言ってたのを今ではその通りだと共感する。
 よしずを張った縁側で昼寝の際は蚊帳と蚊取線香は欠かせない。家の周りに水たまりが多いのかすぐに蚊が手足顔にまとわりついてくる。蚊帳の中に蚊取り線香を5分も焚けばぽとぽとと面白いほど落ちてくるので、その後は中で煙臭さもなく1時間ほどぐっすりと眠れた。蚊取り線香の生産は岡山県がメジャーで我が家では、鶏の金鳥と西郷隆盛の南洲香を愛用していた。蝿の防除には「ハエ取り紙」が庭に面した部屋に数本ぶらさがっていた。粘着質の物質をリボン状の紙につけて、吊るしておくとこれも面白いようにハエがくっつく。いわゆるゴキブリホイホイの蝿版である。
 エアコンは無いので、扇風機、うちわで暑さをしのぎ、風鈴や麦茶で涼を感じた。お風呂上がりに汗取りの天花粉(シッカロール)をあごや首周りにつけて浴衣を羽織って外に出る。おもてに帆布製デッキチェアーや床机を出して、近所の人たちと将棋を指したり、夕涼みをしたり、線香花火を楽しんだ。
 その他、夏の涼で思い出すものとして「うちわ」「金魚鉢」「盥と行水」「アイスキャンデーやかき氷」「粉末ジュースやラムネと栓抜き」などなど尽きないが別の機会に続きを書いてみたい。

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