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雨靴と雨傘

今日は夕方テニススクール仲間の宴会。幹事になっているので少し準備をしてはやめに行かなければならない。1名の仲間が来月から1年半外国駐在するのでその記念品の準備もしておく。

昭和物語第22回目原稿

  水曜発行の「ふれあい毎日」15年6月号にdachs飼主のコラムが掲載された。ホームページ見習い文筆の昭和コラムにアップしておいた。以下はその全文。

 今年も鬱陶しい梅雨の季節がやってくる。食べ物が黴び、部屋が湿っぽいのは困りものだ。雨の日は外遊びができなかった幼い日を思い出す。
 少しの雨でも親は長靴(ゴム長)を履かせたがったものだ。運動靴は軽いが、ゴム長を履くと重いし、走れない。昭和30年代、街の幹線道路は僅かにアスファルト舗装をしていたが、ほとんどの道路は土の道で雨が降ると水たまりができ、ぬかるむ。
 洗濯する者の身になれば雨靴は必須だが子供たちはとても嫌がった。通学路で車が横を通ろうものなら、傘を素早く横にして泥はねを避けていた。「泥をかけられたら車のナンバーを覚えておいて警察に通報するのだよ」と親や先生からも言われたが一度も届けたことはない。
 もう一つは雨傘。あの頃、男の子は黒い木綿張りの小型のこうもり傘を差して通学した。当時、どの家にも番傘、またはから傘と言われる油引きの紙の傘が2、3 本はあり、近所にお使いに行く時はこの傘で表に出た。紙の割に比較的重く、子どもにはキツイのだが、雨が傘にすごく大きい音であたるのが痛快で気持ちよく感じられた。傘骨が竹材なのも気に入っていた。
 女性用に軽い蛇の目文様の傘もあった。蛇の目傘は浅草仲見世で購入できるらしいが、一本くらいは家に常備してあの懐かしい雨の音をもう一度聞きたいものだと思っている。しかし、番傘は傘の立て方が上下逆なので傘置き場では折り畳み傘と同様、困ってしまうのかも。

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