2015年5月3日日曜日 PM5時32分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- 街や郷土
- コメント・トラックバック:
- 0件

誰か知りません。
毎日、五月晴れが続いている。本来、五月晴れとは旧暦の5月、つまり梅雨の時期に晴れわたった際に使う言葉らしい。そういえば来月は、はや梅雨のシーズンに入る。沖縄では今週中にも梅雨にはいると、天気予報で言っていた。
梅雨と言えば子供の頃無理やり履かされた「雨靴」とシッカリとした「番傘」を思い出す。
通学時には少しの雨でも親は長靴(ゴム長)を履かせたがった。運動靴は軽いが、ゴム長を履くと、重いし、走れない。昭和30年代は、街の幹線道路は僅かにアスファルト舗装をしていたが、ほとんどの道路は土の道で雨が降ると大きな水たまりができたり、ぬかるむ。洗濯する者の身になれば雨靴は必須だが子供はとてもいやだった。通学路で車が横を通ろうものなら、傘を横にして泥はねを毎回避けるのにも苦労した。泥をかけられたら車のナンバーを覚えておいて警察に通報するのだよ、と親や先生からも言われたが一度も届けたことはない。
もう一つは雨傘。現代でも折畳傘は外出時、バッグに何時も入れてはいるが殆ど使わないと言ってもよい。肝心の雨が降るとこれでは小さいし、電車やお店に寄った折に傘の畳み方や置き場所に困るなど中途半端で、精神的にもイライラし困りものである。あの頃、男の子は小型で黒いこうもり傘を差して通学したが、番傘、から傘と言われる油引きの紙の傘が一家に2、3本はあり、近くに出る時は子供も拝借して差して表に出た。紙の割に比較的重く子供にはキツイのだが、雨がものすごく傘に大きい音であたるのが痛快で力強く気持ちよく感じられた。傘骨が竹材なのも気に入っている。女性用に軽い蛇の目文様の傘もあった。浅草寺仲見世で蛇の目傘も購入できるらしいが、一本くらいは家に常備してあの懐かしい雨の音をもう一度楽しめれば、と思っている。しかし、番傘も傘の立て方が上下逆なので傘置き場では折畳と同様、困ってしまうのかも。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2015年4月7日火曜日 PM7時15分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件

木瓜(ぼけ)も奥の椿も今年は花が少なかった。
朝から曇りがちで時々小雨の終日寒い一日であった。最高気温が昨日より10度以上低い12度前後であった。体感温度はもっと寒かった。明日はさらに温度が下がる予報が出ている。
我々高齢者の子供のころはスポーツについては観るのは相撲、やるのは野球であった。小学時代校庭ではドッジボールやゴム製ボールを道具部屋から取り出して、サッカーに似たキックベース(ボール)を楽しんだ。これは女子も参加して大いに沸いた覚えがある。
子供の野球はもちろん、本格的野球ではなく、空き地や野原で立木やペンキ缶などをベース代わりにしてテニスボールや軟球でまさに「野球」を楽しんだ。原っぱ野球は殆ど3塁はなく、2塁までの扇形変形グラウンドであった。
小学校高学年になって本格的にグラブを使いだしたので球は堅いトップボールや大きくい重いソフトボールに替わった。トップボールと言うのは1,2バウンドまでは自然だが、3バウンド目でぐっと球が低く伸びるので少々怖いボールだった。近所のおにいさん連がシュート、ドロップなどの投げ方をコーチしてくれたが、掌が小さいので、ボールをしっかりと握り切れなかった。関西ではグラブのことをグローブと呼んでいた。グローブも小学生の頃は母が作ってくれた布製、ねだっても豚革の赤茶けた安物だったが中学に入ってからは牛革のものを買ってくれた。たしか、グリースという油軟膏をグラブに擦りこみ、革を十分になめし丁寧に使っていた。
最近はサッカーに押され、野球の人気はもうひとつ。子供たちにはイチローよりケイスケのほうが憧れが強いようだ。道具も多く球が小さくて硬い野球に対して、ボール一つで多人数で遊べるサッカーに推移するのは当然の成り行きかもしれない。筆者も今はそれほど野球観戦にも興味は湧いてない。
来月の「僕たちの昭和ものがたり」原稿素案として、野球を題材に子供の頃を思い出してみた。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2015年3月27日金曜日 PM6時40分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件
戦後から東京オリンピック、大阪万国博開催時期までは、公衆道徳はまったくヒドイものであった。公共マナーは悪く、今の我々からすれば、マナー違反ではなく、ルール違反や軽犯罪に該当している。
例えば駅ではホームだけでなく、階段や線路上にもタバコの吸い殻やゴミが平気でポイ捨てされ、いつ行っても山積散乱していた。ホームにはゴミ箱はもちろん、今は病院でも見かけない痰壺がたくさん置いてあった。駅員が何度も掃除しているのを目にし、子供心に学校で教わる道徳教育との差に大きな矛盾を感じていた。
路上喫煙は許されていたが公園でも、道端にポイっと捨てて足でもみ消したり、池に放り込んでいた。吸い殻のほかにも空き缶やガムの噛みカスも路上に落ちていた。
電車のなかでも状況は変わらず座席下には、駅弁の空き箱や土瓶のお茶入れが捨てられている。土瓶急須の底には『御願い 危ないですから窓から空瓶を投げないで腰掛けの下にお置きください』と注意書きがあったほどで、捨て場所として半ば認められている風潮があった。
「旅の恥はかき捨て」を拡大解釈していたあの時代、ほとんどの人が『赤信号皆で渡れば・・・』精神に甘えていたのではないだろうか。
話は本題と外れるが、駅弁のお供としては汽車土瓶以外にもポリエチレン製の茶瓶や魚の形をした醤油さしが懐かしい。現在でもポリ製茶瓶はJR伊東駅で「ぐり茶」を入れて販売されている。
公共マナーの欠如は、ポイ捨てだけでなく、「行列割り込み」「立ち小便」なども昭和の悪い風潮で、道端で子供に大小便をさせてる親を見ることなども日常だった。
こんな昭和コラム第20号がふれあい毎日来月号に掲載される。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2015年3月11日水曜日 PM8時37分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件
毎朝5時半には起床するのだが、だいぶ明るくなってきた。しかし、今朝は寒かった。車に乗ると車外温度計は-3度を指していた。来月号の第20回目「僕たちの昭和ものがたり」で公衆道徳を取り上げた。要旨はつぎのとおり。
戦後から東京オリンピックや大阪万国博までは、公衆道徳面はヒドイものであった。公共マナーは確かに悪く、今の我々からすれば、マナー違反ではなく、ルール違反や軽犯罪に該当している。
例えば駅ではホームだけでなく、階段や線路上にもタバコの吸い殻やゴミが平気でポイ捨てされ、いつ行っても山積散乱していた。ホームにはゴミ箱はもちろん、今は病院でも見かけない痰壺がたくさん置いてあった。駅員が何度も掃除しているのを眼にし、学校で教わる道徳教育との差に大きな矛盾を感じていた。電車のなかでも状況は変わらず座席下には、駅弁の空き箱や土瓶のお茶入れが捨てられている。土瓶急須の底には『御願い 危ないですから窓から空瓶を投げないで腰掛けの下にお置きください』と注意書きがあったほどで、捨て場所として半ば認められている風潮があった。「旅の恥はかき捨て」を拡大解釈していたあの時代、殆どの人が『赤信号皆で渡れば・・・』精神に甘えていたのではないだろうか? 話は本題と外れるが、駅弁のお供としては汽車土瓶以外にもポリエチレン製の茶瓶や魚の形をした醤油さし(瓶小)が懐かしい。現在でもポリ製茶瓶はJR伊東駅で「ぐり茶」を入れて販売されている。
路上喫煙は許されていたが公園でも、道端にポイっと捨てて足でもみ消したり、池に放り込んでいた。吸い殻のほかにも空き缶やガムの噛み滓も路上に落ちていた。
公共マナーの欠如は、ポイ捨てだけでなく、「行列割り込み」「立ち小便」なども昭和の悪い風潮だった。道端で子供に大小便をさせてる親を見ることも日常だった。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2015年3月7日土曜日 PM10時06分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- 地域活動
- コメント・トラックバック:
- 0件

伝言板について書いてみた。
ミニコミ紙3月号が発行された。今回載せて戴いた「僕たちの昭和ものがたり」もはや19回目を数えた。19回目のテーマは駅の思い出。特に思い出が深いのは伝言板。携帯はもちろん、家電(イエデン)も少ない当時は、家族や恋人、仲間などとの待ち合わせに時間を指定して駅の伝言板を使うことも多かった。緑板に白墨で1、2行しか書けないので字数の関係で相互にしかわからない暗号めいた言葉も見かけた。6時間を過ぎると駅員が来て次に使う人のために消してまわる。携帯に比べると相当不便だったが相手を思いやる気持ちの尺度として、今よりも人情の細やかさを感じられるシステムだった。
昨日取材した学校給食センターの記事も今日書き上げたので、来週早々にも提出する予定。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2015年2月5日木曜日 PM7時16分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- 地域活動
- コメント・トラックバック:
- 0件

早いもので、今回で18回目を数える。
昨日は立春とは言え、今朝から雨が降る冷たい一日。夜になって雪に変わり、場合によっては明朝はつもっているやもしれない。ジムも休みでテニスにも行けないので一日我が家に居た。月例のミニコミ紙が到着した。今回の『僕たちの昭和ものがたり』は第18回目、『冬の遊び』として先月の熱海電車旅の車中から原稿を送っておいたものである。
本当は外の遊びだけでなく家の中での遊びも書きたかった。原稿量への配慮で、出せなかったもの。
『外に出かけないときは、一人か家族で遊ぶ。家の南面に作られた板張りの縁側。冬はサンテラス風で、ひなたぼっこのできる暖かい空間を提供してくれる。低学年はここで過ごす時間が長かった。座布団に正座して縫物をするおばぁちゃんの姿。父親には糸巻と輪ゴムを使った戦車を作って貰い、母親からはリリアンで靴下のようなものの作り方を教えて貰った。遊び道具を作って貰うと自分だけのオリジナルものとして嬉しく、眼を輝かせて、自分の宝として話を作るなど、長く工夫しながら遊んだ。押入れの奥にしまってある祖母の裁縫箱を見るとそんな光景が浮かび上がる。自分でも竹ひごやアルミニウム製の長い鉛筆キャップ、蒲鉾の板、酒の王冠など身近なものをいろいろと加工して楽しんだ。縁側で作ったおもちゃは冬だけでなくオールシーズン活躍してくれた。』
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2014年10月9日木曜日 PM10時59分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- 地域活動
- コメント・トラックバック:
- 0件

15回目の話題は下校時の道草を綴った
朝から薄曇り。台風20号が発生し、14日前後に関東に来襲するらしいとメディアが騒いでいる。
先日、ミニコミ紙10月号が送られてきた。今月10月号では2件の取材『アカガエルの里稲刈祭り』と『ふれあい健康マージャン教室』、連載コラムぼくたちの昭和ものがたりでは『第15号道草』の合計3作を載せて貰った。今日は道草をアップロードする。
午後は、枕崎名物「かつお煎餅」を持参して2週間ぶりにテニスメイトと談笑してきた。話題は、もちろんdachs飼主の鹿児島生活。遊んでいた話を中心にテニスゲーム待ち時に盛り上がった。テニスは思っていたほど「お疲れ感」は出なかった。dachs飼主からは、左手中指の腱鞘炎「ばね指」について相談すると「メチオニン」というサプリが良い、とか、船橋の徳洲会病院の手外科が良い、などの話を聞くことができた。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2014年8月8日金曜日 PM10時18分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件

今月の題材は掃除洗濯です
コミュニティ月刊紙8月号が届いた。僕たちの昭和物語第13号「洗濯 掃除」が掲載されている。昭和の洗濯と現代のそれを比べると、相当進化して主婦は助かっている。しかし、掃除については昭和の掃く拭く磨くが現代ではそれほど大きく進歩しているとは思えない。ルンバなど、清掃自動化が進んでいるが、昔から母から言われていた「四角い部屋を丸く掃かないで」は現代でも通用している。同じように歯磨きも掃除と同様で、昭和からそれほど大きくは進歩していない。デンティストは「もっときれいに丁寧に磨いてください」と必ず言われる。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2014年6月19日木曜日 PM10時52分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 2件

父母は昭和6年に結婚した。
昨日から、物置の整理を始めている。dachs飼主の息子娘が子供のころ使用していた文具や雑誌なども許可を得ずに殆ど処分した。これは捨てるにはしのびなかったのだが、dachs飼主の父母のアルバムの中で結婚写真が出てきた。父母は昭和8年(1931年)8月に結婚したが、長男のdachs飼主が産まれたのは昭和22年になってからで結婚して既に16年を経た後だ。姉がいたがdachs飼主が産まれる前に早逝した。
午後は陽射しが強かったが、テニスを9人でワイワイガヤガヤと楽しんだ。愛犬2匹は早めに散歩をして夕食餌を食べさせて後、6時前にペットホテルに預けに行った。明日早朝出発の駿河観光日帰りバスで遊びに行くので今夜のうちに預けに行った。帰りは6時半ころになるが、9時頃までは預けることができるので、明日旅から帰ったらすぐ引き取りに行く。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2014年2月7日金曜日 PM10時10分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- 地域活動
- コメント・トラックバック:
- 4件

今回がはや8回目となった
先月は年始特集で昭和コラムの執筆は休載となった。2月5日発行の『ふれあい毎日』で僕たちの昭和物語を書かせて貰った。はやいもので、今月でこのコラムも8回目となった。タイトルは「半世紀前」。ちょうど50年前東京オリンピックが開催されたので、そんな時代のdachs飼主を思い出してみた。
午前中はパソコン作業に熱中し、昼ご飯はdachs飼主が自製の焼き豚炒飯。たまたま玉葱を切らしていたので具を卵と焼き豚だけで炒飯創りをしたのだが、玉ねぎを入れないと水分が出ないので、カラッとした炒飯ができて、とても美味しかった。
午後はテニスとジムで体を使う。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2013年9月9日月曜日 PM8時24分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件
昨夜は寒かった。白露を越すと流石に朝晩は冷えてくる。テレビを観ている時にも、網戸だけで居ると肌寒いのでガラス戸を閉めた。布団にも昨日までは冷却ジェルシートをシーツの下に入れて就寝中はエアコンをせずに寝られたが、昨夜は冷却シートが冷たすぎるので、外した。外してもエアコンなしで快眠ができた。

タイトルは「海水浴」
先月中旬に出稿しておいた「僕たちの昭和ものがたり」がミニコミ紙9月号に載った。新聞社から郵送されてきた。「くすり」「おやつ」「銭湯」に続いて9月号は「海水浴」。10月用の原稿もただいま作成中だがタイトルは「運動会」を考えている。昭和30年代を中心にDachs飼主の小中学生時代を思い出しながら書いているのだが、いろいろとくだらないことも思い出してくるので、書いてるときはそれなりに楽しい。
午後はテニスとジムで体を動かしてきた。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2013年8月12日月曜日 PM9時12分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- 読書
- コメント・トラックバック:
- 0件

このムックも含め4冊をネットで注文した
本日、高知県では最高気温が41℃を記録した地区があるそうだ。立秋過ぎてはや1週間になろうとしているのに、お昼前後、外に出るのは地獄である。エアコンの効いているリビングからトイレに行こうと廊下に出た瞬間、ムッとした熱気が頬をなでる。
午後テニスに行っても2面予約しているのに5名しか集まらず、ゲームより練習を重視したメニューで2時間を過ごした。午後3時を過ぎるとコート面も木陰に入って、風があると意外に涼しかった。
テニス帰りに、本屋で「昭和へ時間旅行 貴重映像で体験する昭和のすべて 昭和30~39年DVD5枚組」を見つけた。現在、某ミニコミ紙にコラム「僕たちの昭和ものがたり」をアップしている関係で間違えたことは書けない。自宅に帰りさらにネットで検索した結果、この本も含め「昭和なつかし図鑑 私がはらっぱの少年だった頃」「年表 昭和平成史1926~2011」「昭和のくらし博物館」の合計4冊をamazonに発注した。アマゾンの新刊書籍は基本的に送料が無料なのでお願いしやすい。ツレアイなどは本屋で売り切れの不幸を味わわないため、500円前後のパズル月刊誌をアマゾンにて購入している。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2013年6月12日水曜日 PM7時27分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件

昨日6月10日は時の記念日なので、この証を貰った
朝からほとんど終日こぬか雨。梅雨入りした感じがはじめてした。昨日し残していた先週末からの2泊3日旅の
2日目と
3日目の写真を整理してページアップした。2日目に神戸と明石、最終日は帰っただけなので、最終便の写真はなし。代わりに2日目に神戸24枚、明石33枚の合計57枚アップしておいた。
ミニコミ紙の7月号にDachs飼主のコラム「僕たちの昭和物語」、サブタイトルが「たべもの」で既に出稿していた。関西旅行で
昨日のブログで書いたように懐かしいお菓子を買ってきたので編集長に急遽メールで断りを入れて、「おやつ」というタイトルで写真入りで出したいと要望を出た。OKが出たので本日再出稿しておいた。編集長から「昭和遺産」特集を家庭画報7月号でやってるよ、と聞いて午後本屋に行って購入。昭和の風景や食べ物、什器、風習などが綺麗に纏められていた。原稿の中に、4年ほど前に知りあった女性の旦那様の名前があり、懐かしく思った。世の中は狭い。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2013年6月11日火曜日 PM7時07分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 1件

思わず衝動買いしてしまいました
久しぶりに朝から梅雨らしいお天気になってくれた。明日午前中と明後日午後も雨の予想が出ている。南から近づきつつある台風3号が、はるか南の梅雨前線を押し上げてくれている影響だという。
急ぎで、大阪神戸明石の
2泊3日徘徊旅の写真を40枚強整理して、ホームページにアップした。
まとめページは作成したが、2日目の神戸と3日目の明石はまだ整理がついてないので、近日中にアップしたい。
初日になんば花月2階で昔懐かしい駄菓子を見つけた。あたり前田のクラッカーやココアシガレットが今でも売られているのには吃驚した。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2012年10月29日月曜日 PM8時30分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- グルメ、愛子
- コメント・トラックバック:
- 0件
今日も朝から秋晴れ。風も殆どなくて、午後からのテニスは10人で気持ちよくプレーできた。ツレアイは午前中は隣町の総合病院でピロリ菌検査と腫瘍マーカーの検査をしてきた。本日結果判明できている点では、異常なし。来週月曜日に残りの検査結果を訊きに行くらしい。
テニスの仲間はリタイヤした人が多い。ゲームで空いたある方と子供の頃、食べたキャンデーの話が出た。今もあると思うが、味覚糖、佐久間ドロップ、かばやキャラメル、グリコ、などなど懐かしかった。サクマドロップは「湿気やすく、蓋を直ぐ閉めた」、「妹にハッカが出ると私のフルーツドロップと代えてやった」など。
愛子婆さんの介護保険の更新があり、旧年度と同じ「要介護1」だった。昨年よりはかなり進んでいるように見えるのだが、先月市職員の検査では気分が良く頭がすっきりしていたという判定がでたようだ。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2012年10月14日日曜日 PM8時36分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件

こちらでも、般若心経を詠み、焼香させて貰った
午前中はなんとか持っていたが、2時過ぎから少し温度が下がって、雨が降り出した。朝8時からのテニスレッスン、10時からのジムをこなし、お昼過ぎに自宅に戻った。関西で買ってきた日清どんべぇのきつねうどん袋麺を食べた。カップ麺は千葉でもあるのだが、dachs飼主はカップ麺は美味しくないし、もったいないと思っている。
午後は、昨日整理した旅アルバムをウェブにまとめ、
東祥寺檀参永平寺旅をマイページにアップしておいた。まだ貰ってきたカタログや資料の整理は終わっておらず、後日追加の必要を感じているが、4日分のアルバムと記録作成で今夜はとてもとても疲れた。
4日目
最終日の記録分最後を再録する。
[note]トイレの星
関係ない話で余談をする。新大阪の小便トイレに3個の星印があり、周りにこぼ(よご)さぬよう小便者に小便先の命中努力をさせている。中ると三角シールが尿温でピンク色に変色する。子供の頃雪におしっこを掛けて色付けした楽しみを思い出させる。
品川のトイレでも同じ工夫をしていたのだが、星の位置が50センチほど高いので命中率が落ちている(筈)。[/note]
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2012年9月9日日曜日 PM7時51分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件

dachs飼主の若いときのヒーローはこの人だった
朝8時から1時間半のテニスレッスン。生徒が5名しか居なかったので風も無く湿っぽい中で激しく動いた。ジムでも20分だけだが懸命にはしった。お風呂では暑くなってからはサウナには全く入らず、水風呂に何度も入り、体を冷やしている。残暑は最低今週いっぱい続きそうだ。
午後は四万と伊香保温泉ツアーの写真480枚の整理後半戦。整理した結果は1日目25枚、2日目73枚+89枚、3日目36枚の合計223枚。2日目の89枚は頑張ったが、内容は伊香保の「博物館」で見たなつかしグッズや写真を納めた。
明日からは通常の生活に戻る。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2012年5月26日土曜日 PM8時41分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 1件

懐かしい人々との交流が目に浮かび楽しくなってきた
昨年申し込んでおいた我が高校の同窓生名簿が届いた。過去何度か入手の機会があったが、フェースブックで出身高等学校に参加登録していること、卒業後50年にもなるので、注文しておいた。90年の高校卒業生が2万余名載っており、我が同窓生高校18期(昭和41年卒業)も懐かしい耳触りの氏名が並んでいた。全員で580名、うち155名が住所不明、22名が既に物故されている。月日の経つのははやいものである。名前を見て、顔が思い浮かぶ人、あだ名しか浮かばない人、聴いたことの無い人も当然いるが、同時代親しくさせてもらっている人の住所を発見し、興奮した。暑中見舞いもナニなので、来年の年賀状を書く際に、この素敵な友人たちにペンを進めたい。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2012年4月2日月曜日 PM7時57分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件

樹木が伸び、葉も繁り放題でした
(サンスイが民事再生法の申請をし、受理された)ニュースが入ってきた。高校時代からクラシックだけでなくポップスを楽しんでいたときには4チャンネルステレオやテープデッキをお年玉や小遣いなどを長期間溜めに貯めて購入できたときは嬉しかった。メーカーはヤマハ、AKAI、パイオニア、オンキョー、アイワ、ビクターなどが群雄割拠していたがそれから50年経った今ではデジタル録音再生小型化が進んで、昔の大型の音響機器は古典的価値しか無い。大手メーカーは音響部門から撤退し、細々と続けていた専業メーカーは今や青息吐息の有様だそうだ。高校大学時代は外国系のミュージックをたくさん聴いた覚えがあり、17センチSP、30センチLPレコードが郷土の物置にはまだ200枚以上残っている筈だ。
明日は春の嵐で先週土曜日のように荒れるようだが、今日は快晴で気持ちが良い。盆栽ほどではないが、庭の樹木の剪定を素人の手仕事で午前中かけて6本ほど行った。午後はテニスとジムでトレーニングしたが、迂闊にも歩数計を持参するのを忘れてしまった。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2012年1月17日火曜日 PM5時02分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 2件
ツレアイに洗濯の仕方を教わった。結婚して約35年、自宅で洗濯した記憶は思い出せないくらい遠い。洗濯機に乾燥機が付いているのは知っていたが、其の他の機能は全く知らない。電源を入れ洗濯物を洗濯槽に入れると自動的に重量を測ってくれ、それに適した洗剤量が表示されるので、洗剤を専用容器に落とし込み、洗濯蓋を閉めると、水が自動的に出てきて、洗濯を始めてくれる。乾燥機を使わなければ、40、50分で脱水までしてくれる。便利になったものだ。

歯ブラシは昔からテクノロジーの進化がない
洗剤も昔は固形石鹸しかなかった。確か、ミヨシというメーカーの巨大な固形石鹸だった。木製の盥を土間や庭に持ち出して井戸から何杯も水を汲んで、半分ほど満たす。洗濯板という木製大根おろしのような表面に荒いうぎざぎざをつけたまな板の上で硬い石鹸を丁寧に塗りたくってゴシゴシと揉み洗いをかぁちゃんが中腰でしていた。冬は寒く冷たい外気の中で、厚手の衣類を洗ってくれるかぁちゃんをありがたいと思い、感謝した。
その後10年以上経ってから、我が家に洗濯機が入った。回転式で大きな音がして、洗濯・すすぎの終わる度に、水道の栓を開けたり閉めたり、水量も含め気を配らなくてはいけない。現在と比べて格段に遅れていたが、我が家にとって素晴らしい文明の利器であった。特に、洗濯物を絞る際、ハンドルを回しながら洗濯ものを絞るのは簡単な知恵だが手が冷たく力のいる水仕事から主婦を解放してくれた。ハンドルを回すのは中学生のdachs飼主にとっても楽しい手伝い仕事。あまり無理して厚手の洗濯ものや下着を2枚一緒にローラーに入れると動かなくなったりしていろいろとノウハウがいる洗濯機でした。それに比べると、現代の洗濯テクノロジーには吃驚仰天する。
それに比べると、掃除はそれほど進歩していない。子供のころは掃除機もなく、座敷ぼうきで畳部屋を掃き、床部屋は雑巾で拭き掃除をする。たまに手伝わされるが、冬場の吹き掃除は手が悴んで冷たい。しもやけがひどくなったり、かゆかったり、と良い思いではまったく無い。掃除機も買った当座は面白がって手伝うのが楽しかったが、単機能なので直ぐに飽きる。おまけに排出孔からでる空気がなんともいえず嫌な匂いがするので、dachs飼主は大嫌いだ。掃除に関連するものは、やはり地道に丁寧にコツコツと作業するのが一番良いようで、歯ブラシも何十年来、基本テクノロジー面では進歩がみられない。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2011年10月20日木曜日 PM6時51分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- テニス
- コメント・トラックバック:
- 2件
昨日より風が小さくなっているが、やはり秋曇り。午後1時からの3時間テニスも結構待っている状況だと寒い。今日のチャレンジサーブは「スピンサーブ」。やはり実践に使うには幼すぎるサーブで、全部強烈に打ち返されてしまった。
3月の福島原発事故以来、連日のように放射能対策関連のマスコミ記事が誌紙上やテ使うテレビ報道で賑わっている。dachs飼主が小学生低学年の頃も、第五福竜丸ビキニ環礁被爆で騒がれて、ラジオや親から「ストロンチューム」「ガイガーカウンター」などという言葉を覚え、『雨が降り始めのときは放射能が頭に強くかかって禿げたり、早死にする』と云われ、雨が降ると軒先に逃げ込んだり、蓮の葉っぱなどで頭を覆って我が家に一目散に駆け戻った記憶がある。また、ウランが岡山県の人形峠で採鉱されたという知識も学校で学んだ。
我が街千葉ニュータウンでも、校庭のシーベルトや野菜のベクレル値が市民の関心を惹いている。dachs飼主のような高齢の人々にとっては多少の放射能被爆は「いまさら・・・」という感じだが、妊婦さんや、幼児から青少年にとっては関心が高い。ベクレルとシーベルトについて、読売新聞記事に乗っていたのでその概要を転載する。電灯などでルーメン(光の強さ)とルクス(光の明るさ)の違いのように、放射能の強さと影響力を現す単位。ベクレルも内部被爆では重要だが、日ごろ浴びている放射線被害(外部被爆)はシーベルトのほうを数段気にする必要がある。
[warning]汚染濃度と被爆線量について
汚染濃度
放射性物質は原子が崩壊して放射線を出します。放射線を出す能力を放射能といいますが、放射能の強さや量を表す単位が「ベクレル」です。1秒間に原子一つが崩壊すると、1ベクレルといいます。程度で表すと、ラジウム温泉1リットルでおよそ10万ベクレル、人も体内に放射性物質を含むため、人体全体で約6千~7千ベクレル、たばこの灰1グラムで約5・9ベクレルといった具合です。食品での基準は放射性ヨウ素については飲料水や牛乳で1キロ当たり300ベクレル、野菜類は同2千ベクレル、放射性セシウムについては飲料水や牛乳は1キロ当たり200ベクレル、野菜や穀類、肉、卵などでは同500ベクレル以下と定められ、これを超える食品は食用に回らないように自治体などに求めています。
放射線量
「シーベルト」は人間が放射線を浴びたときの影響を表すのに使う単位です。放射性物質が出す放射線にはアルファ線やガンマ線などいろいろな種類があり、その種類や物質からの距離によって人体への影響が異なります。
日本人は自然状態で年間約2・4ミリシーベルト浴びています。これ以外に、人工的には年間1ミリシーベルト(千マイクロシーベルト)が一般人の許容限度とされていますが、CTスキャンなど明確な利益や理由がある場合は、許容限度とは別に考えることになっています。[/warning]
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2011年5月7日土曜日 AM8時29分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 4件
朝6:30過ぎにラミウリを同行させた車で、ツレアイと義母愛子さんを駅に送っていった。朝から雨も降り出して少しばかり肌寒く、鬱陶しいお天気だ。
いよいよ今日から再来週月曜日まで10日間、衣食住は独りで行なわねばならない。親が言うのもみっともないが同居の娘は朝早く出勤し夜遅くまで帰宅しないこともあるが、家事は全くと言って良いほどしない。
昨夜はツレアイに洗濯の仕方を教わった。結婚して約35年、自宅で洗濯した記憶は思い出せないくらい遠い。洗濯機で乾燥機が付いているのは知っていたが、其の他の機能は全く知らなかった。電源を入れ洗濯物を洗濯槽に入れると自動的に重量を測ってくれ、それに適した洗剤を容器に落とし込み、洗濯蓋を閉めると、水が自動的に出てきて、洗濯を始めてくれる。乾燥機を使わなければ、40、50分で脱水までしてくれる。むかし、dachs飼主のかぁちゃんが洗濯用のまな板(大根おろしのようなぎざぎざのついた多分洗濯板)にミヨシの巨大な固形石鹸を塗りたくりながら中腰で踏ん張っていたり、dachs飼主が洗濯機のハンドルを回して洗濯物を絞るのを手伝うのが楽しみであったことを思い出す。ほんとうに現代の洗濯テクノロジーには吃驚仰天した。
dachs飼主の洗濯物だけなので、ジムから帰って来た時にすればよい。多分量も少ないし、蒸し暑くも無いので2,3日に一度の割合ですればよいのではなかろうか? ばぁさんとツレアイがそれぞれのパジャマを洗濯籠に入れていったが、明日北総ウォークとジムに行ってきてから、一緒に行なう。ツレアイの衣類まで洗うのは多分一度も無かったはずだ。
dachs飼主はリタイアしてから、ほかに米の濯ぎから炊飯器での炊きかた、炒飯・餃子・卵焼き調理数種類の作り方も覚えたので、10日くらいの自炊などはできるようになった(教育された)・・・
しかし、明日の昼は北総ウォークの帰り、テニス友達の経営するレストランで外食の予定。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2010年10月26日火曜日 PM6時22分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件
朝は暖かかったが、昼ごろからは雨が降り出し、夕方からは、予報どおり温度が下がってきた。大陸からの冬型高気圧が張り出してきた所為らしい。札幌も初雪の便りが入り、いよいよ、寒さが到来する。
昨日のニュースで、あのMZのシャープがパソコン生産から撤退するとのこと。1980年代から総合電機・通信メーカーがパソコン製造に乗り出してきたが、今やデスクトップ・ノート両方を製造している国内メーカーはNECと富士通くらい。あとは海外メーカーと自作オリジナルで価格競争力を付けたショップや周辺機器メーカーが乱立している。PC初心者も、トラブルが多いことを承知で、価格面から自作に走る人も多いときく。
食品の世界でも海外勢の押し出しが強い。チューインガムでは今、ロッテとキャドバリーの2大勢力で寡占状態、という。dachs飼主が子供の頃は「ハリス」「コリス」「カバヤ」「グリコ」「明治」などを噛んだ覚えがあるが、コンビにでもテレビコマーシャルでも見ない。テレビでは、クロレッツ、リカルデント、などが幅を効かせている。ロッテも韓国系とのことだが、海外勢に負けず頑張って欲しい。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2010年9月27日月曜日 PM9時18分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- 街や郷土
- コメント・トラックバック:
- 2件

子供の頃が懐かしい原風景
朝から、今日も凄い雨。午後のテニスにも行けそうも無いので、銀座のデパートに愛子も連れて、人形展を観にいった。大雨なのに(大雨なので?)、お客様が多かった。与 勇輝さんという著名な人形師が造った人形が100点以上も陳列されて壮観だった。与 勇輝展は銀座松屋で来週月曜日まで
開催されている。人形の多くは、日本の原風景を思わせるようなノスタルジックな雰囲気を持ち、表情豊かな、柔らかみのある表現がはかなげで、懐かしく美しい。
帰ってから、ツレアイと協力し、ウリエルのしっぽの傷の手当をし、それからジムに行って汗をかいてきた。ジムは、雨の日でも運動が出来るのは嬉しい。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2010年9月5日日曜日 PM5時51分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- 街や郷土
- コメント・トラックバック:
- 3件
関西の親友Yのご尊父が亡くなられた。中国に出張していたY君も急遽戻ってきた。明日通夜明後日告別式、場所は明石市大和会館と親友Tから聞いたが、dachs飼主は事情があり参列できない。先ほどしおり電報を発信しておいたが、香典についてはT君にお願いしておいた。香典袋などで手間を取らせるが、ご香料については口座振込みでTの了解を得た。
ご尊父は県庁の職員であり、私達の中学高校大学時代にはYの自宅に行った時にいろいろ有益なお話を伺い、感心感動した覚えがある。ひとつ詰まらぬことだがYの父親から聞いた話のなかで印象深いことがある。「歯磨きはこれだけ科学技術が発達しても戦前とそれほど変わらない」。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2010年8月3日火曜日 PM5時46分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- 街や郷土
- コメント・トラックバック:
- 0件
我が千葉ニュータウンは蝉の声がうるさくなる頃から夏祭りが始まる。先月はあれだけ暑かったのに蝉の声は目立ちませんでしたが、8月になった途端、煩いほど啼きだした。
中央駅周辺では、北地区大塚前公園と南地区多田羅だ公園の夏祭りは今月28,29日頃に開催される。当地に遷ってきた頃は、子供も幼小学生で屋台の焼きそばや金魚掬いの回数で親子がよく揉めたが、最近はつまみやビールを口にしながら、盆踊りを見るくらいしか楽しみがなくなってしまった。北地区では、10年前にジャスコが開店し、夏祭り提灯のすぐ近くにジャスコの紫に白地のパネルがあるので、ちょっとトマドイを感じたことを覚えている。いまは平気ですが・・・
ちなみに、dachs飼主の郷土関西では、7月中に夏祭りは殆ど終了し、9月頃からは秋祭りが始まってしまうので、お盆を過ぎてからの関東の夏祭りは若干違和感があった。
dachs飼主が子供の頃は夏祭りよりは秋の彼岸を過ぎてからの「地蔵盆」の思い出のほうが印象的だ。近所の地蔵さんを巡っておじさんやおばさんから甘酒・飴湯・飴などを戴く。お昼はおばさんが夕方からはおじさんが、お地蔵さんの番をしながら子供たちの世話をやさしくしてくれる。大人たちには酒が振舞われていたようだ。子供たちは地蔵さんに手を合わせるだけでなく、神輿を担がせてもらったり、親からは浴衣や小遣いをもらったりと嬉しいことだらけだった。
豆知識【全国有名夏祭】
青森ねぶた 8/02 ~ 8/07
秋田竿燈 8/03 ~ 8/06
仙台七夕 8/06 ~ 8/08
徳島阿波踊り8/12 ~ 8/15
土佐よさこい祭り 8/09 ~ 8/12
======大阪では==========
愛染祭り 6/30 ~ 7/02
天神祭り 6/20 ~ 7/25
住吉祭り 7/20 ~ 8/01
=====================
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2010年7月31日土曜日 AM10時45分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件
わが街には、人口(約8万人強)に不釣合いなシネマコンプレックスが東西に2館もある。開館がはやいほうのシネリーブル千葉ニュータウンはもうすぐ5周年になり、同時上映が10シネマ客席総数1842席を誇る。もうひとつのワーナーマイカルシネマ千葉ニュータウンも同様で8スクリーン1868席収容の同規模のシネコンだ。同時に3600人超が映画を観る事の出来る街は都心以外にはそうないのではなかろうか?
世の中の映像は3Dブームだ。いままでワーナーしか3Dを観ることができなかったが今夏からシネリーブルでも3Dを観ることができるようになった。テレビもチャンネル数が地上デジタルでBS民放が受信可能となりスカパーも有料だが連絡するだけでアンテナも変更せずに観ることが出来るようになっている。量販店では3Dテレビも販売されるようになっているそうだ。
昨日ジムから帰りるとき駐車場へ行く途次に、シネコンがある。そこで3D体験ができるというので観てみた。めがねをかけたら、なるほど映像が立体的に見えた。ディスプレィは60型以上だったと思うが、短時間だったがめがねもそれほど違和感や疲れも無く楽しむことができた。やはり技術は進んでいる。愛犬散歩仲間で3D映画を観たひとから感想を聞いたら「3Dは外国映画ばかりなので、字幕を観ないとストーリーが読めない・・・字幕を観ると3Dがしっかりと見れないので やや不満」と言ってた。
そういえば40年近く前に大阪梅田のコマ劇場の近くの「OS劇場」で3D映画をやっていたので観に行ったことがある。はっきりとは覚えてないが、確か「シネラマ」という方式で大きなスクリーンが3面あって湾曲して配置されている。それにおのおの独立した映写機とサウンドで立体的迫力を出したものだったと思う。今はあのOS劇場はシネラマ消滅と共になくなっている。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2010年1月16日土曜日 PM2時46分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- カメラ
- コメント・トラックバック:
- 0件

ホーロー看板の資料
左は図書館で借りてきた『懐かしのホーロー看板』。dachs飼主の子供の頃には「浪花千栄子のオロナインH軟膏」、「松山容子のボンカレー」、「大村昆のオロナミンCドリンク」、「郵便切手・たばこ屋・塩屋」などのホーロー看板が街中にいっぱい掛けてあった。今でも各地をウォークしていると、たまに古びた町並みで懐かしい看板に出遭うことができる。この本を書いた人は愛知県豊川市に「琺瑯看板研究所」を設立したdachs飼主と同年代の方という。彼の所蔵するホーロー看板は6千枚を越すというから、豊川近辺に行った際には、見学して来たい。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2010年1月15日金曜日 PM10時01分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件

愛子の2010年書初め
もはや11日になってしまったのだが、鏡開きも終わった。
我が家では仏壇が小さいので、大きな鏡餅は我が街に棲むようになってからは買ってない。子餅と呼ばれる小さな餅を雑煮の具にして食べるくらいだ。田舎に居る時は、年末にもち米を炊いて、餅を撞いて、鏡餅と平餅、子餅を作り、子餅は大根おろし、つぶ餡、きな粉、砂糖をまぶしたり漬けたりして、食べた。また小豆や蓬を混ぜた平餅は旧暦の正月あたりになると、カチカチになり、黴が生えてくる。青・黒黴を削った後、天麩羅油で揚げて、煎餅やあられに加工して僕たちのおやつになった。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2009年8月29日土曜日 AM8時42分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- コメント・トラックバック:
- 0件
1昨日から浅見光彦の推理小説を離れ、柴田よしきの「水底の森」という小説を読んでいる。この女性作家の書いた本は好きでときどき読んでいる。その中で「駅の伝言板」が出てくる。いまは猫も杓子も携帯電話の世の中で、そんな文明の利器がありえない時期のdachs飼主の青春時代はガールフレンドを含む友人との待ち合わせに時間を指定して駅を使うことが多かった。携帯は遅れた人が電話して「お詫びコール」を入れるのだが、伝言板は先に待っている人が「待ちくたびれたので一旦戻る」「先に###に行っている」など簡単なメッセージを書いておくものだ。緑の板に白墨で2,3行しか書けず、また6時間を過ぎると駅員が来て次に使う人のために消してゆく。携帯に比べると不便だが相手を思いやる気持ちの尺度として、今よりも人情を感じるシステムだったと思う。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »
2009年5月22日金曜日 PM9時27分投稿
- カテゴリー:
- ぼくなつ
- タグ:
- グルメ
- コメント・トラックバック:
- 0件
dachs飼主はパンを毎朝食べないので、あまりパンを知らない。ときどき、パンドミという当たり外れの少ないうまい食パンを土曜日か日曜にトーストして貰うくらいだ。

ガトーフェスタハラダのラスク2種
食べ盛りの子供の頃は給食以外で食べるのは、3時のおやつで菓子パンをよく食べていた。アンパンよりはジャムパンのほうが好きだった。食パンのような山形で片方にジャム、もう一方にクリームが入ったアベックパンというのもあった。いろいろ食べたが、一番食べたのは、遊びながら気軽に食べられる小型のパン、ラスクとカンパンだった。カンパンは昔からサンリツパンだった。おやつやお菓子で思いつくものは『サンリツパンのカンパン』『前田のクラッカー』『マルカワのオレンジガム』『カバヤのキャラメル』『サクマのハッカドロップ』『オリオンのココアシガレット』などが思い出される。
会社の帰りにはよくSOGOのデパ地下を通るのだが、今日はメインストリートでたくさんの人がいた。持ち前の好奇心で前まで行くと、ハラダという群馬の銘店が名物のラスクを売っていたので10分待って、買って帰った。夕食後にスタンダード味1枚食べたが、やはり懐かしい味だった。ホワイトチョコレート入りもあるので、明日食べてみよう。
« 新しい投稿へ | 過去の投稿へ »