野球の思い出
朝から曇りがちで時々小雨の終日寒い一日であった。最高気温が昨日より10度以上低い12度前後であった。体感温度はもっと寒かった。明日はさらに温度が下がる予報が出ている。我々高齢者の子供のころはスポーツについては観るのは相撲、やるのは野球であった。小学時代校庭ではドッジボールやゴム製ボールを道具部屋から取り出して、サッカーに似たキックベース(ボール)を楽しんだ。これは女子も参加して大いに沸いた覚えがある。
子供の野球はもちろん、本格的野球ではなく、空き地や野原で立木やペンキ缶などをベース代わりにしてテニスボールや軟球でまさに「野球」を楽しんだ。原っぱ野球は殆ど3塁はなく、2塁までの扇形変形グラウンドであった。
小学校高学年になって本格的にグラブを使いだしたので球は堅いトップボールや大きくい重いソフトボールに替わった。トップボールと言うのは1,2バウンドまでは自然だが、3バウンド目でぐっと球が低く伸びるので少々怖いボールだった。近所のおにいさん連がシュート、ドロップなどの投げ方をコーチしてくれたが、掌が小さいので、ボールをしっかりと握り切れなかった。関西ではグラブのことをグローブと呼んでいた。グローブも小学生の頃は母が作ってくれた布製、ねだっても豚革の赤茶けた安物だったが中学に入ってからは牛革のものを買ってくれた。たしか、グリースという油軟膏をグラブに擦りこみ、革を十分になめし丁寧に使っていた。
最近はサッカーに押され、野球の人気はもうひとつ。子供たちにはイチローよりケイスケのほうが憧れが強いようだ。道具も多く球が小さくて硬い野球に対して、ボール一つで多人数で遊べるサッカーに推移するのは当然の成り行きかもしれない。筆者も今はそれほど野球観戦にも興味は湧いてない。
来月の「僕たちの昭和ものがたり」原稿素案として、野球を題材に子供の頃を思い出してみた。

