椅子坐禅
先日東祥寺御住職から丁寧なご案内を戴いていた坐禅会に午後参加させて戴いた。坐禅についてはインターネットなどで事前に調査して努力したが、足を膝の上に乗せる胡坐がかけないDachs飼主には結跏趺坐(けっかふざ)も半跏趺坐(はんかふざ)も不可能。恥ずかしかったが『いす坐禅』という横着な方法で坐禅をはじめて経験させていただくことにした。礼儀として合掌(がっしょう)、叉手(しゃしゅ)、隣位問訊(りんいもんじん)、対坐問訊(たいざ)、手の作法(法界定印、ほっかいじょういん)、坐禅の手順として左右揺振(さゆうようしん)や眼・呼吸法、経行(きんひん)など解かりやすく丁寧にお教え戴いた。坐禅講話として、本日はインド霊鷲山で釈迦が弟子達に「一輪の花をつまんで見せたのみ」で、説法を終えた。弟子が釈迦の教えが何であるかがわからなくて戸惑っている中、高弟 摩訶迦葉だけが、わかったとにっこり笑った。この高弟は言葉として表わさ(せ)なかった釈迦の教えを「正法眼蔵」として世に伝えたとのこと。
慣れないことなので左右の足の出し方や、手の順序などかなり緊張しチェックも戴いたが、なんとかやりおおせた気がする。止静鐘(しじょうしょう)や抽解鐘など合図の鐘も作法どおり鳴らして貰った。上記のごとく、正しい作法を見につけないといけないが、毎回ご教示いただけるので、あまり心配はしていない。寧ろ、坐禅に入ってから1.5メートル先の足元の畳を見ながら15~20分、眼を半眼にして心を落ち着け、頭を無にすることが我々凡人(煩悩の人)にはたいへん難しいことと思う。残念ながら考えずにおこうと思っても初回はそのことでまたいろいろ考えてしまった。
しかし静かなお寺のなかで、小鳥のさえずりが聞こえてくるのはたいへん心地よい。いつの頃からか経験していないお寺で、靴下を脱ぎ、冷えた凛とした空気の中で沈思黙思することは心が洗われたような気にさせてくれ、坐禅後の爽快感もとてもありがたい。ご住職のお誘いと丁寧なご指導に心より感謝している。
来月25日午後1時30分からの坐禅会、大晦日夜の鐘衝きにもお誘いを戴いている。たいへんアツカマシイとは思うが、ぜひお伺いさせてもらいたいと思っている。
東祥寺さんは曹洞宗のお寺だが、私の先祖代々、父母の墓も兵庫県明石市にある曹洞宗の人麻呂山月照寺にある。父の亡くなったのが千葉で、お葬式の関係で船橋の浄土宗のお寺に現在は年3回ほど合同回向させて貰っているが、明石へは年2,3回程度墓参している。10年ほど前に東堂・間瀬碩禅老師が亡くなって以来遠いこともあり、縁が遠くなり、墓参のみに行って、お寺には挨拶は欠礼している。碩禅老師には、本堂でDachs飼主のような若輩にも、やさしく講話を聞かせていただいたり、父母には生前に戒名を戴いたりと、たいへんお世話になったご住職様であり、深い感謝とともに生き様をたいへん尊敬している。合掌
