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リマークスコ遺跡観光

リマ市内観光

 朝5時40分、寝ぼけ眼で1階ロビー奥で軽い朝食を取る。食欲が余り無かったので無理をせずにフルーツと飲み物を中心に食事する。どうせ、リマからクスコへの飛行機の中でも軽食が出るはずなので。
 リマ市内は昨夕(深夜?)から小雨模様で10時過ぎまで止まなかった。昨日のウチダ嬢の説明でリマの市内観光。と、言っても時間が1時間ほどなので殆ど彼女のアナウンスで聞くのみ。バスが停まって観光したのはリマで一番有名なマヨール広場のみ。アルマス広場では大聖堂、大統領府などで写真を撮った。リマ旧市街地と新市外を廻ったが、市民の貧富の差や街がスペインコロニアル風の建物、色彩がどぎつい黄色が多いことも印象的だった。最低賃金が法律により150ドル/月と決まっているものの市民の平均月収は月200ドル程度、お祭や近所付き合いが好きで1年の稼ぎを一晩で失くす人も多い、時間を守らない人が殆ど、車は日本の中古車が全体の90パーセント超、公務員は議員を除き賃金が相当に低く土日はアルバイトをしないと生活ができない、旧市は荒廃しており、ビジネスは専ら新市街地へ急速に移動している、ペルーの人たちは幸福な街を暴力で占領したスペインを憎み、1900~2000にかけて復興に全力をささげたフジモリ大統領を慕い日本人を尊敬している、・・・いろいろ興味深く説得力のある話をウチダ案内嬢はしてくれた。

クスコに向う

 僅かなリマ市内観光で少々物足りなかったが、09:15にはクスコ行きに乗らなければあなないので、急ぎリマ空港へ。空港の駐車場入り口で料金所の開閉器にちょっとしたトラブルがあり15分ほど待たされたが、空港にはなんとか到着できた。 クスコに出発前にリマ空港にて米国ドルをペルーソルに変更。Dachs飼主は30ドルを90ソルにexchangeした。これからトイレチップや小額買い物で使う機会が多い。
 スターペルー航空の飛行機は横4席のB-737機で、1時間10分程のフライト。ここでペルーの代表的飲料水「INCA KOLA」に出逢う。所謂コーラではなく、レモネード(昔風に言えばラムネ)に薬風味の味を加えたチョット癖のある味。この風味はペルー独特のハーブが入っているらしい。

クスコ市内観光

 クスコでは日本人男性モリさんが案内を努めてくれた。モリさんは言葉ははっきりしているし、情報はたくさん持っているのだが、思い込みと、話のつなぎ方に難があるようで、結果的に何を言いたいのか訴えたいのかわからないときが散見された。リマは海抜10メートル近辺であるが、ここクスコは一挙に海抜3400メートルに達する。高山病の話が最初にあり、モリさんの話に寄れば「高山病にならないためには腹式呼吸をして、要するに深呼吸ですね。。。」などと腹式呼吸と肺呼吸を取り違えている。高山病の予防は「胸肺呼吸で大きく息を吸い込む」「水分を多く取る」高山病にかかった際には「頭痛薬を飲む」「良く寝る」ことが大事。 モリさんの案内でクスコの案内をしてもらう。
 途中、宿泊するホテル「ROYA LINCA Ⅱ」に入って昼食を摂る。
 行った観光地は「アルマス広場」「12角の石」「太陽の神殿」「サクサイワマン城砦」「タンボマチャイ」・・・。旧い建造物や石で美しく荘厳な遺跡や建物を見て廻り、それなりに感動していたがmサイクサイワマン辺りから少し頭痛とふらつき症状がでてきて元気がなくなってくる。高山病初期状態と判断し、タンボマチャイ遺跡見学はパスして、バスの中で待っていた。
 観光が終り、ホテルの近くの会場でフォルクローレ(ペルーの民俗音楽)を聞きながらバイキング料理を楽しむ夕食会があったが、Dachs飼主と他2名が体調不良にて不参加。残念だったが、これ以上悪くなったら困るので、止む無く自ら断念した。空気も普段の2/3程度になるので、キャンディの袋もパンパンに膨れ上がっている。
 明日と明後日は、いよいよメインのマチュピチュ見学散策があるので、ここで無理はできない。良く眠ることに専念したい。

詳細は写真も含めて南米インカ帝国2日目を参照。

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