欣ちゃんの感動マラソン
年 | 挑戦者 | 距離Km | メ モ | ||
---|---|---|---|---|---|
1992年 | 間寛平 | 200 | 観衆のせいで断念 | ||
1993年 | 間寛平 | 200 | 完走 | ||
1994年 | ダチョウ倶楽部 | 100 | 完走 | ||
1995年 | 間寛平 | 600 | 完走 7日間 | ||
1996年 | 赤井英和 | 100 | 完走 遅れ | ||
1997年 | 山口達也 | 100 | 完走 | ||
1998年 | 森田剛 | 100 | 完走 | ||
1999年 | 錦野あきら | 110 | 完走 | ||
2000年 | トミーズ雅 | 150 | 完走 | ||
2001年 | 研なおこ | 85 | 完走 | ||
2002年 | 西村知美 | 100 | 完走 | ||
2003年 | 山田花子 | 110 | 完走 遅れ | ||
2004年 | 杉田かおる | 100 | 完走 | ||
2005年 | 丸山和也 | 100 | 完走 | ||
2006年 | アンガールズ | 100 | 完走 | ||
2007年 | 萩本欣一 | 70 | 完走 遅れ |
昨夜は帰社後に、欣ちゃんの70Kmマラソンのゴールシーンを見ることができた。残念ながらゴールには5分前後遅れたが、66歳のシニア世代が70Kmウォーキング & ランにて、完走できたことはたいへんに嬉しい。両足も相当鬱血している気の毒な状況の中で、笑顔と握手によるハイタッチを最後の瞬間までできたのは、「流石、時代を築いた著名人!」と感動感心感激した。
Dachs飼主は、高校時代に10Kmマラソンを走って以来、それ以上の距離を走った経験が全くない。さいわい、ジムへ行った時は30分だけなので、ほぼ4~5Kmは走っているので、ゆっくり走れば42Kmぐらいは走れると思うが、これもやってみなくてはわからない。今夜も30分で坂上り角度1.5度 10METSコースで5キロ走ってきた。スポーツの汗はとっても気持ちよい。
ただ今の状況で、70Kmは我が身として絶対走りきることはできないと断言できる。歩くのが主体なら、単純計算では24Hなら時速3Kmで歩き続けても(寝なければ)完歩できる計算。しかし、真夏でもあり、休憩、食事、用便及び適度な就寝は機械ではないので、絶対に必要なこと。
昨夜も熱帯夜で寝苦しかったのだが、その寝不足での無気力がまだ続いている。「60歳になったのだからソンナモンダ」との言訳も、心の中で「ワタシはまだまだ頑張れる」というヤセ我慢もあり、心身状況に対して、お互いせめぎあっている。我慢して無理をすると反動が恐いので、ワタシの信条である『浮浪雲』で風の向くまま気の向くままに「頑張らないけど諦めない」精神を貫いてゆきたい
ホノルルマラソンに参加された方の体験談を聞くと、70代でも半年前から準備すれば7時間でフルマラソン完走(完歩)はそう難しいことではないといいます。
『速く走ろうとするから続かないのよ、のんびり景色を楽しみながら歩いただけ』
無理せず楽しむことが大切なことですね。
萩本欽一氏は、70kmだったのですね。
いろいろな意味で、さすがはテレビタレントだと思いました。
ホノルルは老若男女にとても人気があるファミリーマラソンのようです。
欣ちゃんのテープ姿は痛々しいものがありましたが、完走できたことは本人にとってかけがえのない、一生のタカラモノと思いました。