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プログラム

水芭蕉とりゅうきんか 月火の疲れもそこそこ回復して仕事が本調子になってきたと思ったら、明日はもう金曜日。今週は休暇を2日も取ったので、あっと言う間もなく週末。
 昨夜パソコンに尾瀬ハイクの写真を取り込んで、少し覗いてみるとなんと水芭蕉の写真が大半。たくさん咲いていたのだが、場所によってそう変化もないので、なぜこんなに撮ってしまったのか不思議。水芭蕉以外にも10種類程度の高山植物を撮ってきたのだが、可憐で小さな種類ばかりなので、写材としてはやはり水芭蕉が一番光っている。写真はきんぽうげの仲間の高山植物「りゅうきんか」で、黄色のアクセントがあちこちで目立ちました。

 パソコンを開いてファイルを作成・移動・編集・観賞・保存する際のパソコンアプリケーションについて昔を少し思い出してみた。
 昔はワードプロセッサは英文なら「WORD STAR」和文なら「一太郎」が他の追随を許さぬ優秀なソフトであった。表計算は「ViciCalc」「ロータス社の123」であり、マイクロソフトの出していた「マルチプラン」は操作性性能とも著しく劣っていた。プレゼンテーションソフトも「ロータス社のフリーランス」、ブラウザーは「ネットスケープコミュニケータ」、データベースは「アシュトンテート社のdbASEⅡ」「管理工学研究所の桐」・・・とそれぞれのソフトウェアハウスがオリジナリティを持って、すばらしいソフトパッケージを作っていた。Windowsの世界になって、MSが独占的にOSを背景に急伸した結果、操作性の統一などの面では一部貢献してくれたが、それ以外はソフトの独創性が少ない魅力に欠ける最小公倍数製品群となってしまった。いま、かろうじて頑張っているのはアドビー社くらいだと思う。昔は「作るソフト」であり、今は「使うソフト」で、フリーソフトも充実し、便利になってはいるが、ソフト技術屋のDachs飼主としては、独創的かつ本格的なパッケージをいつか創ってみたいと壮大な野望を今も持っている。
 表題のプログラムで計算機のソフトウェアを直感的に考える人もかなり少なくなってしまいました。 

コメント/トラックバック (2件)

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  1. 昔のソフトは、殆どOSと同じレベルのモノで、アプリに反映する部分まで、全部自分で作るものでした。
    また、『直感的考える』時代のソフト設計者は、今ではみんな管理者になっています。
    ここ2・3年のソフトへの考え方は激変しており、使えるパッケージがあれば、自作するより早く安く出来ると考え去る得ないほど、スピードが要求されています。

  2.  昔のようなソフトを先輩に聞きながら、時間と手間をかけて創ってみたいものです。ときどき、excel、PHOTOSHOPなどでマクロを作って遊ぶくらいで、もう少し込み入ったインターフェィスまで踏み込めれば良いな と何度思ったことか? わかりません

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