(鹿児島最終)大分観光T

 2014年11月17日(月)は早朝からホテルを出て、雨の降る中、大分県中津を起点に青の洞門と耶馬溪観光に出た。

旅記録

11月17日(月)は中津・青の洞門・耶馬溪

観光ミニ情報

中津城

 中津城(なかつじょう)は、豊前国中津(現在の大分県中津市二ノ丁)にあった日本の城。黒田孝高(如水)が築城し、細川忠興が完成させた。江戸時代の大半は、奥平氏が居城としていた。周防灘(豊前海)に臨む中津川(山国川の派川)河口の地に築城された梯郭式の平城である。堀には海水が引き込まれているため、水城ともされ、今治城・高松城と並ぶ日本三大水城の一つに数えられる。

福澤諭吉旧居

 福澤諭吉旧居(ふくざわゆきちきゅうきょ)は、福澤諭吉が幼少年期を過ごした大分県中津市にある旧居である。1835年(天保5年)大坂(現大阪市)の中津藩蔵屋敷で生まれた福澤諭吉は、1歳6か月の時、父の死去により帰藩し、19歳までこの場所で過ごした。 諭吉は、近くに家塾を開いた中津藩儒官白石照山に師事して儒学を学んでいたが、兄の薦めで蘭学を学ぶために長崎へ旅立った。

青の洞門

 青の洞門(あおのどうもん)は、大分県中津市本耶馬渓町樋田にある洞門(隧道、トンネル)である。名勝耶馬渓に含まれ、山国川に面してそそり立つ競秀峰の裾に位置する。全長は約342mで、そのうちトンネル部分は約144m。1919年(大正8年)に発表された菊池寛の『恩讐の彼方に』は、禅海和尚の逸話を元にして書かれたものである。

羅漢寺

 羅漢寺(らかんじ)は、大分県中津市本耶馬渓町にある曹洞宗の寺院である。山号は耆闍崛山(ぎしゃくつせん)。本尊は釈迦如来。日本国内の羅漢寺の総本山である。羅漢山の中腹に位置する。岩壁に無数の洞窟があり、山門も本堂もその中に埋め込まれるように建築されている。洞窟の中に3,700体以上の石仏が安置されており、中でも無漏窟(むろくつ、無漏洞とも)の五百羅漢は五百羅漢としては日本最古のものである。

耶馬溪

 耶馬渓(やばけい)は、大分県中津市にある山国川の上・中流域及びその支流域を中心とした渓谷である。景勝地として知られており、日本三大奇勝や新日本三景の一つに選ばれている。

合元寺

 合元寺(ごうがんじ)は1587年(天正15)、黒田官兵衛孝高によって建立された。 深紅に塗られた壁は城下町・中津の中でもひときわ強烈な印象を与え、別名・赤壁寺とよばれている。黒田長政により、豊前の実力者だった宇都宮鎮房(しげふさ)が騙し討ちに遇い、この寺を宿舎にしていた家臣たちも全員討ち死。その時の血潮を浴びた門前の白壁は何度塗り替えても血痕が浮き出るため、ついに赤壁に塗り替えたといわれている。

中津城と福沢諭吉旧邸

 今月6日に入院して以来、空気が乾燥気味で喉の奥がいがらっぽい感じがして空咳やエヘン虫が蠢いている。ホテルのバスタブにお湯を張ったまま寝たりと工夫はしているのだが快復の兆しは無かった。
 未明よりの雨の音で3時頃に目が覚めた。相当降っている感じがする。朝早い新幹線なので午前5時前に目が覚めた。旅の身支度を整えて折畳傘も用意した。5時半過ぎにホテルを出たが傘無しでは到底歩けない。まだ暗い道路を10分ばかり歩いて鹿児島中央駅に辿り着けた。湿っぽいので、喉も幾らかマシになってきた。KIOSKでコロッケサンドを買って待ち時間に食べた。これはお腹の虫養いの積りで、博多で虫が出たらまた考えることにするか。
 午前6時9分発のさくら400号で博多に向かう。終点の博多には7時45分に到着になる。まだ、雨は降り続いている。博多に着いて1昨日と同じ8番線ホームに行ってKIOSKでハチミツキンカンのど飴を購入した。
 8時02分ソニック5号で中津に向かう。9時に小倉に到着して、車両の向きが変わることにより座席の向きを変更した。午前9時30分に中津に到着したが、定期観光バスは10時25分まで待たなければならない。
 黒田官兵衛で著名な中津城を観に行きたかったのだが歩いて30分掛かるとガイドブックにも書いてある。先ずは観光バスの切符売り場に行って小一時間で観光できる場所を聞いてみると「駅裏で無料で自転車を貸してくれるので、乗ってけば中津城迄は充分往復できる」と聞いて則、決行した。
 黒いおもちゃの様な城か櫓が凛々しく建立されていた。写真だけ撮って駅に戻ってきた。途中歩いてる人に、道を訪ねても大変親切に丁寧に教えてもらえた。九州の人たちは例外なく優しい。自転車を貸し借りする際も嫌な感じは全く受けず返す時まで気持ちが良かった。
 10時半に中津駅を総勢13人の少数精鋭で出発した。45分に福澤諭吉旧邸に入った。福澤を含めた紙幣の歴史を垣間見ることが出来た。

中津城と福沢邸 アルバム29枚

 下の拡大写真やスライドショーが楽しめるミニアルバムがご覧いただけます。


雨の中、午前6時9分発の
新幹線に乗車

白い特急ソニックで
中津に向かう

こんなベンチがあった

エスカレータ風の
エレベーター

貸自転車は無料

NO1自転車で出掛けた

中津市のマンホール

中津城

黒田官兵衛孝高

駅前の福澤諭吉

観光バスの最初の目的地
福澤旧邸

1番の10000円札

青の洞門・羅漢寺・耶馬溪

 11時半過ぎに青の洞門を見学が出来た。30年掛けて掘り続けた禅海和尚の話は菊池寛の「恩讐の彼方に」に詳しい。
 12時に洞門から程近い羅漢寺下の万千百園(まちおえん)でお昼ご飯を食べた。辛子椎茸が美味しかったのでお土産に買ってきた。

 羅漢寺は曹洞宗の古刹でリフトに乗ってお参りしてきた。山門や本堂、五百羅漢が感動的であった。青の洞門と羅漢寺は来て良かった、と思う。
 1時に昼食を終え、耶馬渓に向かう。耶馬渓は少しバスに揺られて時間が掛かったが、紅葉の美しさと岩山肌と崖の凛々しさにまたも感動してしまった。中津でまだ食べていなかった中津唐揚げも買い食いした。

耶馬溪 アルバム76枚

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本日のメイン
耶馬溪に向かう

青の洞門に到着

30年も掘り続けた

景色が素晴らしい

岩が素晴らしい

モミジが素晴らしい

禅海堂

リフトで羅漢寺に登る

羅漢寺が見えた

お寺が素晴らしい

写真も良いが
観た目がもっと美しい

羅漢寺ご朱印

内外に羅漢が500以上
あるそうだ

杓子で有名

リフトから撮る

同左

店の名はマチオーエン
ここで昼食

本耶馬溪を散策

モミジが見ごろ

川も綺麗だ

雨がかなり降ってきたが

雨を忘れて景色に
見入った

ゴジラ岩と呼ばれている

耶馬溪ダム

青の洞門ともお別れ

合元寺

 観光バスは中津駅前に午後3時丁度に到着したが、特急は出たあとで次の列車まであと30分もある。今度は徒歩で合元寺に往復した。宇都宮家の家来がすべて黒田家に成敗された寺で、以来壁が徐々に血に染まって赤壁寺の別名があるそうだ。今は壁を赤く塗ってたいへん目立っている。
 徒歩で駅まで戻り15時32分発のソニック号で午後4時47分に博多に戻った。
 今日は昨日一昨日の疲れを癒やすために17時07分のさくら417号で鹿児島中央駅に午後6時43分に還る予定にしている。

合元寺 アルバム16枚

 下の拡大写真やスライドショーが楽しめるミニアルバムがご覧いただけます。


中津の寺町を歩く

雨はやんできた

赤壁で有名な合元寺

宇都宮(城井)家の
血が滲む

ソニックで博多へ

咽喉が乾燥している

鹿児島へ

夕食は中央駅で
黒豚角煮丼

3日間で表面は
真っ赤っ赤

歩いた距離は9キロ弱