2006年03月10日
創るソフトから使うソフトへ

昨日のSE稼業に関連しての話だが、電算機のシステムやアプリケーション(昔はプログラムと言ってた)の設計開発運用は細かな事象やあらゆる事態想定を考慮する想像力と回避手順が必要なのでたいへん気骨が折れる作業である。1980年代パソコンのオペレーションシステムは今のようにWindowsではなく、BasicやDosを使用していた。今はOSの操作性もたいへんよくなり、アプリケーションも無料や安価な汎用ソフトが出回って便利になった。昔はHWやSWの互換性が殆ど無くて、パッケージ(アプリケーションとOS)は使用者ごとにオリジナルなものになり、モノクロパソコン自体が60万円、アプリケーションが200万円など、個人が使えるレベルではなかったし、たとえお金があってもPCの知識や技術がないとトラブルが起こった際にまったくお手上げの状態。DOS-VやWindows3.1というOSが出た1990年代になって個人でもようやく興味がある人が買え、使える時代になった。30台中盤でSE稼業を卒業した後、PC創世記からDachs飼主は関わっているが、汎用大型電算機では利用言語がCOBOL/FORTRAN/PLー1と言われる高級言語から一挙に基礎的な機械語(アセンブラ)に落ちてまた基礎からやりはじめた。入社した20台のころも紙テープやパンチカードと呼ばれる紙カードを使って機械語(マクロアセンブラ)を駆使していたので取っ付きは早かったが、面倒くさいこと、この上なかった。パソコンの所帯普及率は今や8割を越えているという。あと20ねんもしたら、携帯パソコンが今の携帯電話と同じような使い勝手になって取って替わるかもしれない。携帯電話がパソコン化するほうが早いかも。
投稿者 dachsjp : 2006年03月10日 22:54
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コメント
>COBOL/FORTRAN/PLー1
>パンチカードや紙テープ
とっても懐かしいです。鉛筆で塗りつぶすマークカードってのもありました。
学生時代は、アセンブラもやりました。卒論は、FORTRANによる、シミュレーションプログラミング。
学生の頃いろいろやって辟易し、コンピュータに関連のなるべく薄い会社に入ろうと思って今の会社を選択しました。
入社後5年ほどで、CADに出会ってどっぷり。
それで、自宅ではキーボードなど見たくも無く、パソコンを購入したのはつい6年前です。
昔BASICやCでお客様に納入するプログラムを組んでも、お客様毎にソフトを組んでいるため、超コスト高。
かかった費用は殆ど請求できませんでした。2週間かかって作るソフトの見積もり金額は、市販ソフトととのバランスから高めに設定しても5万円。
投稿者 はらしょ : 2006年03月11日 00:56
はらしょさんは、プログラムを組んでおられた経験もあるのですね。たいしたものです。でも気を使う割にはできてあたりまえ、不具合あればみそっかすに謂われる非常の世界。やせる思いの気働きとすりきれるほどの体力がないとなかなかうまくいかないものです。Dachs飼主なんぞ、徹夜明けの電車で吊革に掴まっていながら、ひざ頭がガクッとなるような眠気に襲われた様な経験を何回したことか・・・・
投稿者 Dachs飼主 : 2006年03月12日 00:15
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