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2019年5月5日日曜日 曇り  PM9時51分投稿 

恵比寿で美術とビール

 本格的な皐月の空になった。1,2日前に植えた夏野菜も元気に成長している。ツレアイは午前9時半からの総合病院での胃カメラ検診に出た。胃カメラは麻酔(安定剤)を使うので、検診診察終了時には運転は危険なのでdachs飼主が送迎をする。結果は小さな良性ポリープらしきものはあったが全く問題ないとの診断。彼女の父親が胃がんでなくなっているのに神経質になっているのだが、毎年カメラで診て貰えば少しは安心度も増すと思う。
 午後は駅前の自転車店に行って、保証書免許証と自転車を持参して防犯登録を行ってきた。消費税不要の600円で即刻発行してくれた。

美術と酒で日曜日の夕べは盛り上がりました

 午後3時から恵比寿で友人男性と久しぶりのデート。dachs飼主は美術に殆ど無関心に近いが美術好きの旧友から招待券をいただき、山種美術館に行って、「~四季を彩る~花・Flower・華」展を鑑賞してきた。ここは日本画専門の美術館であるので、額絵・巻絵・襖絵が多く、素人目にも良いもの・懐かしいものと感じた。50点ばかりの布や紙に描いた日本画をみてきたが、無名の作家(dachs飼主にとっては)による紫陽花と冬の梅木に停まるホトトギスが素晴らしいと思った。上村松園の絵もあったが、dachs飼主にはそれほどのものかと疑問符が付いた。
 その後ガーデンプレースの銀座LIONと西口側の焼鳥屋『あぶりどりバリ鳥』でビールと奄美黒糖焼酎、ホッピーで旧交を温めた。このお店はお奨めの居酒屋です。

山種美術館
 山種美術館(やまたねびじゅつかん)は、東京都渋谷区広尾にある日本画専門の美術館。1966年(昭和41年)7月、証券会社・山種証券(現:SMBC日興証券)と同社創業者の山崎種二が蒐集した数百点に及ぶ美術コレクションを展観する国内初の日本画専門常設展示施設として、東京都中央区日本橋兜町に開館した。その後、2009年(平成21年)10月、現在地である渋谷区広尾に新築されたビル(ワイマッツ広尾)に移転した。速水御舟、川合玉堂、奥村土牛のコレクションをメインとして、近代・現代の日本画を中心に約1,800余点を所蔵している。

2018年11月24日土曜日 曇り  PM5時14分投稿 

ハンドベル写真班

 朝いちばんにツレアイを市の文化会館に送り出し、その後お昼過ぎまではジムで流す。お昼はフライパンを握って、レタスとチャーハンの素、豚肉、卵などでレタスチャーハンを調理して食べる。

ハンドベルコンサートではdachs飼主が写真担当を務めました

 午後2時からは年に一度のハンドベルコンサート。ツレアイが4年ほど前からレッスンを受けており、今日は市のホールで総勢28人のメンバーと17曲、2時間のハンドベルの演奏を市民の皆様に聴いていただいた。今回、dachs飼主にも役目が回ってカメラ担当をリーダーから依頼された、とツレアイより要請あり、300枚弱の写真を撮ってきた。
ボランティアなのでそんなに緊張はしなかったが、やはり、全員が女性なのでちょっと顔の表情には気をつけた。若い人は少なく50歳以上が大半なので、気にすることはなかったかもしれない。

2018年7月18日水曜日 晴のち曇  PM7時42分投稿 

波の伊八

2代目波の伊八作 波と龍

 dachs飼主の部屋番号は11回の1115 角部屋で外房の海も見える。ホテルの部屋は空調もベッドも程よく快適でよく眠れた。昨夜部屋で飲んだブラジャー(ブランデーのジンジャエール割)が眠りを良くしたのかもしれない。
 起床後は1階の温泉大浴場でゆっくりし、モーニングコーヒーを飲んだ後、10時半にチェックアウト。
 本日の予定は大原で刺身御膳を食べて、佐倉のふるさと広場でひまわりを観てくるぐらいだった。朝、ツレアイといろいろと相談し、彫刻師「波の伊八」の話題が出たので少しばかり追加で観光しようということになった。

悪戯に癒された

 御宿駅前でコーヒーを飲んだ後、いすみの天台宗清水寺に参拝。本尊は千手観世音菩薩で、清水観音さまとして親しまれている。大原で昼食を取る前に睦沢町の道の駅「つどいの郷 むつざわ」に寄ったのが経路変更の元凶。波の伊八の彫刻が見られる「成就院」があるとのことで、Naviに安易にセットしたのが間違い。セットされたのは隣のいすみ市の曹洞宗の成就院。これで往復1時間強の損失となって、ほんものの成就院は真言宗のお寺。二代目波の伊八の3額を拝見させて貰った。蓮も綺麗に咲いていた。これから大原まで出ると午後2時を過ぎて、休憩中になる可能性があるので佐倉に向った。途中昼ご飯を食べるタイミングを失いふるさと広場に到着できたのは午後4時前。ここで食べると夕食がまずくなるので、牛乳ソフトクリームでお腹をごまかした。ひまわりへの悪戯に、癒された。午後5時半、全行程300Kmの1泊2日ドライブが終了。
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波の伊八
 波の伊八(なみのいはち、宝暦元年(1751年) – 文政7年(1824年))は、安房国長狭郡下打墨村(現・千葉県鴨川市打墨)生まれの宮彫師、武志伊八郎信由。江戸時代中期には、建築様式として欄間を飾る彫刻が流行していた。多くの彫刻師が競うなか、「関東に行ったら波を彫るな」と言わしめた人物がいた。初代伊八である。その作風は、五代目伊八(高石伊八朗信月:明治23年-昭和29年)まで200年に亘って続き、房総南部を中心に神社や寺院の欄間彫刻などに秀れた作品を残した。

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