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2018年5月23日水曜日 雨 PM8時20分投稿 

動脈瘤のこわさ

 朝から鬱陶しいと思ったら、お昼前にはガラス窓を見ると、雨が落ちてきているようだ。久しぶりの恵みの雨のようだが、残念ながら外に出られない。
 向かいの参加者Nさんの奥様が午後2時から心臓に計器を入れる手術をするという。行かないで良いの?と訊いてみると「息子夫婦が付き添っているので大丈夫」という。良く聞いてみると、この奥さん、去年の暮れにお風呂場で倒れ意識を失い救急車のお世話になったという。車の中で意識は取り戻せたが病院では詳しい検査をせずに帰された。心配なので翌週病院で脳のMRIを撮ったところ、前頭部に動脈瘤(未破裂脳動脈瘤)があるのが分かって、年内にその部分に血液が行き渡らぬように縛る手術を受けるように手配した。頭部手術前の確認検査で、同じような動脈瘤が心臓(胸部大動脈瘤)にもあることがわかったが、同時には手術はできないので前頭の一部を解頭して、頭のコぶ部分を縫合(結束)して貰ったそうだ。今年になって心臓の動脈瘤についても、鼠径部からカテーテルで心臓のこぶ部分を縫合(結束)した(ステントグラフト手術)。完全に動脈が止まるような推測がされる場合はバイパス手術となる。
 いずれも手術は成功しこれでOKだと思ったが、それから半年近く経っての間に数度意識がなくなる現象が発生し、原因調査のため、心電図測定器を心臓に付ける手術を本日行う。今度意識不明になったときには過去数時間の心臓の動きがモニター記録されているので、それを推測判定すると意識不明の原因がかなり特定できるという。はやく原因が分かればいいのだが、脳や心臓の病は深く静かに進行するので、dachs飼主自身も留意しなければならない。来年春の人間ドック時期には、脳ドックと心臓精密検査を受けるよう決意した。今日の奥様の手術は問題なく測定器が埋め込まれたそうだ。

未破裂脳動脈瘤
 脳ドックなどで頭部MRI検査を行うと、日本人では約5%程度の人に見つかると言われています。つまり20人のうち誰か1人が持っているもので、決してまれなものではありません。脳動脈瘤があっても未破裂なので、通常は無症状です。もし破裂した場合は、命にかかわる「くも膜下出血」になってしまう。

生き方に迷った時に君子貞而不諒、
 『君子は貞にして諒(りょう)ならず』
 頑固おやじには2種類ある。筋が一本通っていて道から外れたことには決してうんと言わない。でもただしいことには意外と臨機応変に応じられる。嫌われるタイプは、何に対しても頑迷で自分の狭い見識でしか判断できない。どうせなら前者のような好かれるタイプになりたい。自分の小さな世界に生きるよりは、正義という一本の大きな柱によじ登り、大きな世界を見渡すほうがきっと楽しい。

2018年5月21日月曜日 小満晴のち曇 PM8時36分投稿 

没後の話し合い

 昔懐かしい名優や歌手の悲報に相次いで接した。ここ1週間で西城秀樹、星由里子、朝丘雪路が亡くなった。毎年末、週刊誌や新聞で墓銘碑を見るとここ数年は人のことと思われない。認知症・がんがやはり多いと思うが、老衰やPPKで周りの人に囲まれて自然に苦しまず自宅で大往生した人は多分少ないと思う。こういうエンディング(死に方)を迎えたいと日頃から思っているが、その前に遺言を作っておかねばならぬ。75歳以上の方も今回参加者のうち。10人弱おられ、中には80歳以上の方も2人居られる。歯が一本も欠けてない人や、東京マラソンに出ている強者後期高齢者もおられるがやはりその奥様は、寄る年波で病気になったり、いろいろな障害や弱点を持っている方も多い。毎年正月にお互いのことを思いあいながら、形式は違うが、自分の没後の後始をパソコンや帳面に記録更新をしているとのこと。我が家も家の財産はツレアイ、中国株や外貨預金はDachs飼主が勝手に管理しているが、ぼちぼち、没後のことを考えて、資産やお墓の入り場所をふたりで相談しなければならない。

生き方に迷った時に奢則不孫、儉則固、與其不孫也寧固、
 『奢れば則ち不孫(ふそん)、倹なれば則ち固(こ)なり』
 贅沢な暮らしを続けていると、自分が特別な存在と感じて人を見下すようになるかもしれない。逆に質素な生活を続けていると、自分の貧しさが身に沁みて頑なに意固地になってしまうかもしれない。人を見下すのは思いやりの心を棄ててしまうこと、頑なになるのは思いやりの心を持つ余裕をなくしてしまうこと。どんな環境にあっても思いやりの心を持つことが大事である。

2018年3月17日土曜日 晴れ AM10時02分投稿 

膨大な映画データベース

 昨日、dachs飼主が数年前から溜めてきた映画データベースを整理してみた。映画はもちろん、テレビ(むろん有料視聴はしていない)の映画番組を中心に気になるテレビ番組も録ってきたが、それが昨日現在でテレビ番組640本、芝居5本、洋画2066本、邦画995本の合計3,706本となっている。DVDにして3290枚も溜まっており、1冊160枚が入るフォルダーブックも20冊を超えてきた。1枚のDVDには約2時間収録されている。ツレアイからは「寝る間も惜しんで一日中観ていても274日かかる 死ぬまでに全部観られるの?」と半ば呆れられ、馬鹿にされている。やりだしたら余程のことが無い限りやめられない。
 ツレアイは初台に「東京フィル」の第314回定期演奏会に行った。本日は「バーンスタイン生誕100周年記念プログラム」で演奏されるらしい。
 今日は(も?)暇なので、図書館で借りてきた資料でパソコン修行(OSやアプリ開発)でもしようと思う。
 Windows10でIMEで変換ミスがあるといつも通知が右下に出るのが鬱陶しいので、100回に1度だけ出現するように設定を変更した。

2018年3月15日木曜日 晴のち曇 PM8時07分投稿 

おかねは大事?

黄色が眼に鮮やかで美しい

 彼岸が近づき、花も咲きだし、高かった野菜も徐々に安くなっているとのこと。今日は午後から風が強くなったが、暖かかったのでなんとかテニスはできた。花粉症の方にはつらそうな日々が続いているようだがマスクや噴霧薬で好きなテニスの2時間くらいは我慢していたようだ。
 一人が事務所に来月の予約金を払いに行っている間に雑談になった。人生で一番大事なものは「おかね」なのかという話になった。おかねより「健康」や「愛情」のほうが大事じゃないかと高齢男女で侃々諤々の論議をしたが、結論はそれぞれの感じ方が違い、むろん一致しなかった。ただ、おかねより大事といわれる「愛情」もお金のために分かれられないというジレンマもあるし、健康に関しても「おかねで治らない病気もたくさんある」し、おかねで入れない学校もある。おカネで老化は止められないし、おカネで人の心は買えない。オリンピック優勝もノーベル賞も、おカネだけでは貰えない。いわれることに筋は通っている。
 もうひとつ、お金に関しては上手な「使い方」をする人が人生うまくいくようだ。「人は裏切るし嘘もつくけど、お金は裏切らない」という方も居た。

2018年3月8日木曜日 雨 AM11時04分投稿 

一昨日の千葉東寺社巡り

 一日中雨のようだ。明日も降るらしい。午前中に1昨日参拝した紀行文と写真を整理してみた。ご朱印やドライブ経路図も整理した。じかんがあったので、だいたいお昼前には片付いた。一昨日の紀行をブログに再掲する。写真・朱印・ドライブルート・ミニガイドなどはホームページ散歩春3月の千葉東部寺社散策2にアップしておいた。

今日も暖かい。地中の虫もぼちぼち這いだす啓蟄である。まぐろ体質(動きを止めると死んでしまうかもと思っている)のdachs飼主は、こんな日は当然ジッとしてられない。1月27日に千葉東部の寺社参拝をしたが、その際ご朱印を貰えなかった八坂神社と大龍寺に行ってみようと朝ドラを見ている時、ふと思った。今日は幸いテニスもない火曜日。朝ドラを終われば、いつでも出かけられると思い、さっそく準備を始めた。持ってゆくものは「カメラ」「朱印帖」「寺社系資料」「財布」だけでよい。
 1月末に千葉東部寺社巡りをしたが、その際、住職ご不在などの理由でご朱印を戴けなかった香取市の八坂神社と大龍寺に加え、芝山町の芝山仁王尊、銚子の圓福寺、香取の側高神社、成田市の大慈恩寺と滑川観音に行ってきた。
 朝9時半に自宅を出発し、1時間ほどかけて、まずはちょっと南の芝山町へ行って観音教寺(通称芝山仁王尊)に参拝。仁王様は見そびれたが、地域で有名なお寺さんであることはその荘厳さから理解できた。ここから、さらに北東方面に向かい1時間、旭市を抜けて銚子の飯沼観音圓福寺へは正午頃に到着した。圓福寺で車を停め、お詣りを済ませてご朱印を貰いに寺務所に行ったところ、某僧が本殿や涅槃堂やその他珍しい嵯峨本(例えば『伊勢物語』『徒然草』『方丈記』など)を所蔵している部屋に案内され、約30分ほど教えて戴いた。寝ている釈迦像や巨大幔幕も見せて貰った。嵯峨本(さがぼん)とは、日本の近世初期に行われた古活字本である。飯沼観音は馬場町交差点の反対側にあるが、100m程しか離れていないので歩いて行けた。5mの大仏、五重塔も荘厳で珍しかったが、ここでもスタッフから本殿のほか四国八十八カ所の天井絵なども気軽に見せて貰った。本堂内の大きな木板に署名もしてきた。ここではびんづる様がおいでになり、認知症除けのため、頭を撫でて発症除けをしてきた。またトイレの神様として「烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)」が祀られており、下半身の病気にこうかがあるとのことで、お札をいただき、帰宅後すぐトイレの扉に貼りつけた。下半身には水虫も含まれるとのこと(笑)。
 次に香取市方面に向かう。2時前に側高神社にお参りし、某神官にわけを話して、本年1月27日付けで八坂神社のご朱印と本日付けで側高さんのご朱印を戴きたいとお願いして、頂戴してきた。八坂神社には例大祭の特別な時以外は神官はおられず、ご朱印は側高神社で戴けると書いてあった。1月27日にここに来たかったのだがあいにくの大雪で車で坂が渡り切れなかったこともお話した。
 お腹が減ったので、松屋でキムチカルビ丼を食べた。久しぶりの牛丼屋でカウンターに座って注文すると、オーダーをとってくれたが、お先にお代を頂戴しますと丁寧にいわれた。良く考えると、松屋さんは、自販機で食券を購入するシステム。ウカッとしていたのだが、女性スタッフが気持ちよく対応してくれたので嬉しかった。
 その後も八坂神社と同じ日にお詣りしたが寺僧さんが不在で戴けなかったご朱印を再度大龍寺にお詣りに行ってきた。前回は雪で寒々としていたが、今日は寺庭には紅の梅が咲いていた。しかし、この日も住職さんはご不在で、近隣の縁続きの奥様に声をかけられ、本堂内の書画骨董を見せて貰ってきた。特に天井絵は新しく、美しかった。ご朱印を頂戴して、次は成田方面へ。
 真言宗の古刹「大慈恩寺」に着いた。ところが、ここでも住職不在でご朱印はお預け。真言宗なので、空海(弘法大師)像が鎮座していた。
 最後の参拝は天台宗の龍正院だが、通称は滑川観音で親しまれている。6個目のご朱印を頂戴し、本日の参拝は午後4時で終了。自宅に戻ったのは午後4時半過ぎ、走行距離は180キロとなった。いろいろとお寺や神社で詳しく優しい説明をして戴き、良い寺社巡りとなった。

2018年2月24日土曜日 晴のち曇 PM6時02分投稿 

断捨離

ファイルフォルダーなども必要ないので棄てる

 パソコンを組み替えようとデスクトップの蓋を開けようとしたが、長い間、清掃を怠っていたので、まず周りを綺麗にしようと、掃除機を取りだした。ところが、掃除機を回し始めると本棚や引出のなかなども気になってきたので、本棚や抽斗出に納めていたものをすべて取りだして、掃除を始めた。取りだし始めると、中身のチェックを始めてしまう。書籍・資料類はそれぞれに思い入れがある。前回は残しておこうと思ったが、もう、自分は古希なので断捨離をしようと、三分の一以上は思い切って捨てることにした。昔懐かしい3.5吋FDやVHSカセットも出てきたが、いまや有料でメディア交換をしないと使えないので、思い切って捨てた。10時頃から始めたが、一段落したのは結局5時前になったので、パソコン分解と組み立ては明日にする。明日から長崎旅行の予定だったので、午前中のテニスレッスンと午後からの坐禅会は欠席届を出してあるので、明日も一日中自由な時間が持てる(持たざるを得ない)。

2018年2月18日日曜日 晴時々曇 PM6時08分投稿 

奄美アルバム編集終了

海と空の蒼さには格別、魅かれる

 先週仲間6人で奄美に行ったが、仲間うちで撮った写真や思い出を昨日と今日、頑張って整理した。その結果を他4名に送った。横浜のMさんは、IT音痴なので数日のうちにL版印画紙にプリントして、思い出記録とともに、定形外封筒で郵送することにする。今週来週とバタバタしているので、来月後半以降になる見通しだ。
 腰痛が治らない。今日も朝8時からテニスレッスンに出かけたが、走っても、腰を前後に曲げても、一向に不自由を感じない。痛みの箇所は起床時や椅子から立ち上がって歩く際に、右後方尻の部分の一点が傷む。中心の背骨腰椎からだいぶ離れているので、骨の異常とは考えられないが、気に懸かる。いつごろから気に懸けだしたのか、とブログ内を探してみると多分去年11月頃に庭の雑草抜きで長い時間腰を曲げて作業したせいかもしれない。もう3か月くらい経ったのかもしれない。医者には行きたくないが、もう一段進めばちょっと診断にでも行ってみるか。

2017年12月30日土曜日 晴のち曇 PM6時12分投稿 

大掃除規模縮小

 おせちもとりたてて変わったものを作るわけではないが、たづくりや黒豆、棒鱈などを作る際は特別な鍋などがいるようで、キッチンの奥にしまってある食器を取りだす必要がある。元旦用には、仏壇の
食器セットを仏具棚の奥から引っ張り出して綺麗に洗う必要もあり、ツレアイの小指不良からdachs飼主の仕事が余分に増えている。神棚と仏壇だけはやはり、気持ち的に、正月前に綺麗にしておきたい。しかし、大掛かりな屋内外の清掃整頓はこの年末、ひとりではできないので、まだ明日もあるがだいぶ端折って新しい歳を迎えることになりそうだ。今日のような日は、昨年の同じ時期にラミウリの年賀状用の写真を近所の公園に撮りに行ってたが、今年はそれもする必要が無い。まぁ古希年代にはいったことだし、遠い親戚から年始の挨拶を受けることも無いのでこれで良し、としたい。

2017年12月26日火曜日 晴れ PM2時00分投稿 

年賀状準備

 旧端末から新端末へ画像・テキスト・データベースなど全種類のファイルを移行した。21日に買い替えてから5日間かけてやっと完璧になった。新端末はOSもAndroid7にバージョンアップし、急速充電対応・カメラ機能性能アップのほか種々の改善があり、いまのところ、満足している。
 今日ツレアイが年賀状を買ってきた。dachs飼主の友人にはこちらから元旦到着年賀は出さないので、古希には到達していないツレアイの友人用と我が家の親類縁者への年賀状の宛先と裏画像をパソコンでさっそくプリントしておいた。ツレアイはここしばらくペンや毛筆習字に凝っており、裏面は筆で書くとのこと。しかし、直接年賀はがき裏面に書くと書き間違えた時にはがき代が損(手数料5円)するので、薄手の感熱半紙を買って来ていた。これに書けば、正しく書けたものだけをはがきの裏面にアイロンで圧着すれば、綺麗に見えるとのこと。直接はがき裏面に毛筆で書くと滲んだり、水分が紙に吸い込まないのでとてもトラブルが多いらしい。
 とってもかわいらしい(時の)愛犬ラミウリの写真を年賀状に貼りたかったのだが、正月早々に他人の家の亡くなった犬を観るのも「いかがかなぁ」と思ったので、イラスト画像に替えた。

2017年11月25日土曜日 曇のち晴 PM7時02分投稿 

ペットよ、さらば

 昨日は午後3時から愛犬ラミエルの火葬に家族が立ち合い、読経の後、火葬約40分、その後お骨拾いをして小さな骨壺に全部の遺骨を納め、帰ってきた。

ラミちゃん、お疲れさまでした

 我が家に入居したのは1985年(昭和60年)。最初の愛犬シェトランド・シープドッグのチャッピーが入居してきたのは、1986年9月21日。亡くなったのは2001年1月3日。その後、2001年4月27日にラミエルが入居、ラミエルが自宅でウリエルを産んだのは2003年10月17日。ウリエルと一緒に産まれた兄弟は雄が東村山、雌は神戸でいまも元気に暮らしている。ウリエルが平成29年3月25日、ラミエルが昨日11月24日に続けて無くなり、同じ場所で火葬して貰った。埋葬はチャッピーだけだが、来春彼岸には埋葬してもらう予定にしてる。ラミエルとウリエルの遺骨は2年前に91歳で大往生した義母愛子さんの写真とともに我が家においてある。
 今日は死後2日目だが多分ペットロス症候群は顕われないと思う。これから、15年以上、可愛い愛犬から一生を共にする自信は我が夫婦ともに無い。散歩やその他もろもろの介護は80歳を過ぎてからやることではないので、これからは夫婦だけ友白髪で過ごしてゆきたい。
  グッバイ ペット各位 もう飼われない ゴメン

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